第236話 わたしの名前はゾーイ・クロニスです2
「なあんだ……。おれはテレパシーで人を洗脳したり、テレキネシスで車をひっくり返せるのかと思ってたぜ。なぁ。エヴァ」
「まさか?。そんな超能力者、現実にいるわけないでしょう。もし本当にそんなパワーを持っているのだったら、うちの財団が放っておくわけありませんから」
「たしかに。言っちゃあわるいが、あんたら兄妹はとんでもない評判だったからな。空気が読めねえ切れ者、イカれ兄妹ってな」
『空気が読めない?。空気って読めるのですか?』
ゾーイはマリアの言っていることがわからず尋ねた。かなり卑下されているのは感じられたが、意味がまったく不明では弁解のしようもない。
するとかがりがマリアの代わりに解説をかってでてくれた。
「ゾーイさん。わたしは父からいくつかの逸話を聞きました。お姉さんのスピロさんは修業中の釈迦(ガウタマ・シッダールタ)の横で、キリスト教の教えを説いていた。そして、あなたはジュリアス・シーザー(ユリウス・カエサル)をブルータスが暗殺する前にクレオパトラに殺させた。そんな噂のせいでどうやら評判になっているようです」
やけにていねいな口ぶり。翻訳機の性能を考慮して、わざと平板になるよう、言い回しに配慮しているように感じた。
「はっきり言え、かがり。ひでぇ評判だって」
かがりが気を使って説明したのに、マリアは歯に衣きせるつもりはないようだ。
「マリア!。本人の口から話させなさい。ただの誤解かもしれないでしょう」
ゾーイはがっかりした、と同時にすこし腹立たしかった。なにものかの悪意のある曲解で、自分たちの評価が低くなっているとは思いもしなかった。
気をおちつけてゆっくりと翻訳機に声を吹き込んだ。
『姉の件は、釈迦に悟りを開かせてあげたいと願う釈迦の友人のものでした。ですが、その友人は釈迦が悟りを開く前に死んでしまうのです。ですから姉はキリスト教や古今東西の哲学など、煩悩を芽生えさせる雑念を吹き込んだのです。ですがそれらの妨害に一切揺らぐことがない釈迦の姿を見て、その友人の未練は消えて魂は救われました』
ゾーイは自分を見るみんなの目が変わっていることに気づいた。空気感が和らいだ印象すらある。
『わたしの件はシーザーを憎む名もなき男の未練でしたが、任務のために近づいたクレオパトラに気に入られて、相談相手として重用されました。ですが、シーザーとの間の子カエサリオンが後継者に指名されないことを知って怒り、その男の手引きでクレオパトラが暗殺したんです。ちょっと性急でしたが……』
『その男の未練は晴らされました』