第233話 女にモテたいからボクシングやってんだろ
ボクシングジムで大島の構えたミットにリズミカルにパンチを打ちこみながら、セイはエウクレスとの一戦を思い出していた。
大島のミットが絶妙な位置にさしだされる。セイは右腕で打ち下ろしのストレートを決めると、すぐさま左下に構えたミットにアッパーを送り込む。左右のコンビネーション。
「おぉ、聖、いい感じじゃねえか」
「でしょう。だから言ったじゃないですか、このコンビネーションでオリンピック・チャンピオンを倒したって」
「前にも聞いたよ。おまえが潜った過去の世界でって話だろう。だけど夢のなかの話されてもな」
「ひどいなぁ。夢じゃないですって。前世の記憶!」
「ま、どっちにしても仮想空間の話だろ。そんなんだったら俺だって、パッキャオもメイウェザーも倒したぜ」
「大島さん、それゲームの話でしょう」
「どこかちがうのか?」
セイはどう説明してもわかるはずもないので、大袈裟に肩をすくめてから言った。
「ま、いいです。でも大島さんのおかげで、ずいぶん助かったのは確かです。とりあえず感謝です」
「だったら感謝ついでに本気だしてみねぇか。県大会で優勝するくらいには強くしてやれるぜ」
「県大会ですか?」
「なんだよ。おまえ、世界チャンプにでもなれるとでも考えてんのか。テクニックだけで頂点とれるほどボクシングは甘くねぇぞ」
そう指摘されて聖は閉口する思いだった。
テクニックだけでオリンピック優勝選手をノックダウンしたのだから、なんとも複雑な気分になる。
その時、ひときわ力強いパンチの音がジム内に響いた。
サンドバックを叩いている先輩ボクサーのものだった。聖は思わず目を見張ったが、腰のはいった正確な一撃というより、やけっぱちで叩いている渾身のパンチという感じだった。
その様子を見ていると先輩ボクサーが手をとめて、グラブをはめた手でセイを指さして言ってきた。
「聖、おまえ、やっぱ女にモテたいからボクシングやってんだろ」
「いや、先輩、前にも言ったじゃないですかぁ。ぼくにはそんなことないって」
「くそぉ、オレもボクシングやれば、すこしは女の子にモテるって思って頑張ってンのによぉ」
グラブのまま聖は手のひらを下にむけて、先輩の怒りを諌める仕草をした。
「ちょ、ちょっと落ち着いてくださいよ。ぼくは女の子にもてるためにボクシングやってるんじゃないんですって」
「嘘つけぇ」
先輩ボクサーが道路に面したガラスの壁のほうを指し示した。
「だって、おまえを迎えにきている女の子、四人に増えてンじゃねぇか」