第225話 もっとも神に近づく瞬間
優勝者たちが次々と神殿のなかへはいってくるのが見えた。驚いたことに、ヒッポステネス、エウクレスの姿もそこにあった。どうやら、ヒッポステネスは単独種目の『スタディオン走』で優勝し、エウクレスはセイとの戦いが公式結果とされなかったらしかった。
優勝者たちは正面に置かれた象牙と黄金の机の前に進み出た。その机の上にはオリーヴの冠が並べられていた。聖なる森の西側にヘラクレスが植えたとされる聖なる木から、儀式のために選ばれた少年が、黄金の鎌で小枝を切り取ったものを編んだものだ。
最初に、優勝者タルディスの名前が審判によって読み上げられた。
タルディスは一度、こちら側に目をむけて、すこし頷くような仕草をしてから、前に進み出た。タルディスがゼウス像に棕櫚の枝を捧げると、審判がうやうやしくオリーヴの冠をとりあげ彼の頭にかぶせた。
最後の一人が戴冠し終えると、神殿中から大歓声がおこり、各々のコーチや家族、友人たちが彼らの元にかけよりその偉業をたたえた。友人らに肩にかつがれる者、花びらのシャワーを浴びせられる者、祝勝歌を送られる者など様々だった。音楽が奏でられはじめ、あたりは祝賀ムード一色になる。
これがギリシア人にとってもっとも神に近づく瞬間だった。
選手たちはこのあと迎賓館で、審判が主催する特別な祝宴に案内される。迎賓館は建物全体から伝統がにじみでている場所で、紀元前776年の第一回大会からの記録が保存されている書庫や、伝説の英雄たちの円盤や槍、グローブなどが壁という壁に飾られている。
その祝宴では過去の優勝者も招かれている。栄光の冠を手にしたばかりの勝者は、名だたる英雄たちに囲まれ豪華な食事をしながら、自分の将来に思いをはせることになる。
おもてむきの優勝の証は『オリーヴの冠』だけだが、詩人ピンダロスをして、『生涯、おだやかで甘美な航海』が待っている。
故郷に凱旋した彼らが、用意された四頭立ての戦車で門をくぐると、熱狂した人々が惜しみなく贈り物をさしだすだろう。現金や食べ物はもちろん、国家主催の晩餐会への招待状、円形劇場の最前列の席、免税の特権、邸宅、年金等々——。
彼らはその席に招待された有名な政治家や芸術家、学者らからも賛辞を送られるが、やがてそれは彼らの栄光の語り部となってギリシア社会に広がっていく。
詩人らは競って彼らを讚えるオリンピュア祝勝歌を謡い、彫刻家はその勇姿を彫像として刻み、政治家や哲学者らは、彼らの壮挙をたくみに引用した演説で聴衆を魅了するだろう。
そうして栄光は何十年、何百年と語り継がれ、ギリシア社会の隅々まで伝えられる。