第224話 ゼウス神殿での戴冠
次の日の朝、オリンピュアは厳粛さを取り戻していた。
オリンピックの最終日は競技は一切行われず、優勝者を讚える行事が華やかに執り行われた。
多くの観衆が詰めかける中、入浴をして身なりを整えた勝者たちの行列は、手に棕櫚の枝をもってゼウス神殿にむかって進んできた。みな、タイニアを頭に結んでいる。
優勝者がゼウスの神殿に到着すると、触れ役がその名前をひとりひとり読み上げた。もちろんそのなかに、タルディスの名前があった。
スピロは優勝者の読み上げを神殿のなかから漏れ聞いていた。隣にはセイやマリア、エヴァ、そしてヒポクラテス、ソクラテスもいた。タルディスの関係者ということで、神殿のなかでの物見を許されていた。
スピロははじめてゼウス神殿に足を踏み入れて、その巨大さに圧倒されていた。
二十メートル近い高さの縦に溝のあるドーリア様式の列柱は、きらびやかな銅で飾り立てられ、赤や青の極彩色をほどこされていた。黒と白の床のタイルは大理石で、海の精霊、セイレーンが描かれている。
巨大な青銅の扉からなかにはいると、一瞬、神殿内の暗さに目を細めさせられるが、目の前に最高神ゼウスが見えてくると、その姿におもわずひれ伏しそうになる。高さは座像でありながら約十二メートルもあり、ヒマラヤ杉の玉座に座って、入り口にあらわれた人々を睥睨している。
神の筋肉は象牙で作られており、腰のローブの表面には金が貼られていた。右手には宝石をちりばめた錫杖を、左手には勝利の女神ニケの像を握っている。ライオンのようなたてがみの髪にたくましい顎髭をたくわえたその顔は、人々に畏怖をかきたてるだけの峻厳な顔をしていた。
今、このゼウス像には審判とおなじ紫色のローブが着せられていた。オリンピック開催中のみの特別仕様らしい。そういうお祭り感覚は、今も昔も変わらないようだ。
昨日までこの場所は祈りを捧げる人々であふれていた。選手が勝利を願うのはもちろん、農民は雨を乞い、政治家は外交交渉の成功を訴え、兵士はおのれとおのれの国への祝福を求めた。像のまわりには彫刻の模型や戦利品などさまざまな貢ぎ物がおかれていた。
さらに強く願いを届けたい者は、神殿の中二階にまで足を運んだ。そこには桟敷がありゼウスの目の高さまで近づくことができた、なかにはひとに聞かれたくない個人的な祈りをその耳元で囁くものもいた。
ゼウスに祈りが届き願いがかなえられたものは、生け贄か金銭を寄付した。それをちいさなパピルスの請願書に記載し、蝋で神殿の壁に貼りつける習わしだった。
おそらくずいぶん多くの願いが叶えられたのだろうか、スピロの目の届く範囲の壁はびっしりとパピルスで埋め尽くされ、さながら蝶が羽根やすめでもしているように見えた。