第218話 ヤツはサムライの国ニッポンの男の子だかンな
アンドロギュノスを斬って斬って、斬りまくって六百メートルの距離を駆け抜けていったセイの姿に、エヴァはあきれかえるばかりだった。
「セイさん、息ひとつあがってませんよ」
「オリンピックであの力使ったら、観客のど肝を抜いてただろうな」
マリアが皮肉をこめて言ったが、スピロは珍しくうっとりとしたような感想を漏らした。
「マリア様。『スタディオン走』はあんなに距離はありませんわよ」
「それにしても、ため息がでるような華麗な剣さばきでしたこと」
「ま、ヤツはサムライの国ニッポンの男の子だかンな」
マリアが手でひさしをつくって、はるかかなた、見えるかどうかもあやしいほどの距離にいるセイのほうを見ながら言った。その顔には愛おしい気持ちがあふれていた。
エヴァはマリアの心情を思うと、すこしやりきれない気持ちだった。セイのことが好きで好きでしかたがないことは、はた目にも痛いほど感じられる。
『セイと一緒に旅すりゃ誰だって好きになっちまう』
マリアはたまにそう言うことがあった。いつもエヴァは何も言いかえさなかったが、その気持ちには同感だった
エヴァの中には好きという明隙な気持ちはなかったが、セイと離れたくないという気持ちがすこしづつ高まっているのを感じていた。
前世の記憶の中に潜るという特種な任務での、バディとしての信頼感からなのか、ただ単純に依存したいという気持ちなのかは自分でもわからない。もしかしたら、子供の頃父親と離れていたせいでかなえられなかった、居心地の良さや安心感を求めているだけかもしれない。
いや、単純に異性として好きになっているのに気づいてないだけか……。
エヴァはセイが不自然にあたりを見回しているのに気づいた。なにか気になることがあるのか、どうもなにかを探しているようにみえる。
エヴァはスロットルレバーをひねってバイクを上昇させた。するとほどなく、後部座席のタルディスが北側の観客席のむこう、スタディオンの方を指さして叫んだ。
「エヴァさん、あそこ!。何か大きなものが!」
たしかに何かがが動いていた。ガチャン、ガチャンと乾いた音を立てながら、高く積み上がり、堅牢に組み上がっていた。すでにビル十階ほどにまでなっており、全体像を見る限り、人間のフォルムに似せた機械にみえる。
細部に目をむけると顔の部分には戦車の車輪がはめこまれ、その外周は装飾品に飾られていた。身体には御者台や装飾品、スタディオンにあった審判員の椅子までもが組み込まれていた。手や足は馬と戦車をつなぐ轅や軛が使われ、革ひもや手綱で補強されてできあがっていた。
そしてその右肩にはアンドレアルフスがそして左肩にはアルキビアデスが乗っていた。