第214話 たいしたもんだ!
そう、資格はない。だから、もうこの前世の世界に自分が足を踏み入れることはない。
能力を持たない自分は、能力者であるセイたちとは別次元の人種なのだ。
ここは無能の者が立ち入っていい領域ではない——。
ならば……、最後の旅の記念に一体くらい、みずからの手で悪魔を倒しておくのもまた一興ではないか。
スピ口は剣をもった右腕を左胸のほうへ引きあげると、一気に悪魔の首元めがけて薙ぎ払った。肉に刃を喰いこませる嫌な感触が伝わるでも、骨を断ちきる強い抵抗があるでもなかった。まるで「ムサカ(ギリシア名物の2種類のソースと野菜の重ね焼き)」を切り分けるほどの感触しかない。
だがそれだけで、悪魔の首は勢いよく跳ね飛んでいった。
「な、弱えぇだろ!」
マリアが楽しげに大声をあげた。
「ええ。ええ……、弱いです」
スピロはその喜びいっぱいのマリアの声につられて、おもわず声を弾ませた。
マリアはにやりと笑うと、スピロを指さしながら言った。
「それでも、あんたは悪魔を一体倒した……」
「たいしたもんだ」
そう言われてあらためて手の中の剣『マカイラ』を見た。そしてスピロに刎ねられ転がっている悪魔の頭を……。
結局、名前もきかぬままの、名もなき亜魔であったが、この手で駆逐した——。
「はいっ!」
悦びが全身をかけぬけた。
いますぐここで踊り出したいような、歌い出したいような、そんな晴れやかな気分だった。
が、その時、タルディスが「あれはなんだ!」と大声で叫んだ。
スピ口はせっかくの気分を台無しにされてムッとしたが、いたしかたなく言われたほうへ目をむけた。
怪物たちに追われてトラック内に逃げおおせた人々が、またもやなにかに変貌しようとしていた。
二人の人間が背中合せに張りつき合体し、まるまるとした体躯の生物に変身している。その生物はそのまま倒れこむと、二人分の四本の手と、四本の足を地面につけて、八本足で地面を歩きはじめる。すでに服は破れ落ちて裸になっていたが、その体表面はローションでも塗ったようにぬめりを帯びていて、どぎついまでの『てらてら』とした妖しい光がのたくる。
ふたつの頭がこちらをむく。すでに人間の顔ではない。目は赤々と血走り、口は耳元まで裂けていて、まるで出来の悪い人形のようにも見える。ふたつの頭は上下逆さまになったままで、口をおおきく開いてあたりを威嚇する。
その不気味な容姿に息を飲まされたが、スピロはその正体に気づいた。
「まさか……、あれは、アンドロギュノス……」