第212話 おいスピロ、こいつはいったいなんだ?
ゾーイはスピロの称賛のことばにすこし戸惑っていた。
「でもお姉様。よくやりました、って言われたって、マリアさんやエヴァさんとくらべたらまだまだだよぉ。それに……」
そう言いながらゾーイは競揚場のトラックに目をやった。そこではセイが討ち漏らした残り三分の一の残党に追い討ちをかけているのが見えた。
「セイさんと比べると、まったくダメダメさぁ」
「おいおい、あんなバケモンと比べんな。ありゃオレたちでも足元にも及ばねぇ」
マリアが肩をすくめて言ったところで、自分のすぐそばに立っている石像に目をやった。あたりを埋めつくす石像とはあきらかに差違がある不自然さに気づいたらしい。
「おいスピ口、こいつはいったい、何だ」
スピ口はすこしばかり、とぼけてみせることにした。
「それは石像です。マリアさまから授けていただいた『アレ』で石に変えたのですが……」
「そンなこたぁ、わかってる!。でも明らかにほかとはちがってる!」
マリアが指摘するまでもなく、ゾーイもエヴァもそれにタルディスまでもが、その石像の不自然な状態に気づいているようだった。
「ええ。まあ、どうしてそうなったかわかりませんが……」
「お姉様、それはいったいなんなんだい」
ゾーイが不思議そうにその石像を眺めながら訊いた。
スピロはその石像の体に指をはわせて、腹から胸の方へなぞりながら言った。
「これはトゥキディデス様に憑依していた悪魔です。小物のね」第212話 おいスピロ、こいつはいったいなんだ?
スピロの指先がその石像の首筋でピタリととまった。
だがそこから上は生きていた——。
口をだらしなく開け放ったまぬけ面のまま、微動できず完全にフリーズしていたが、生きているのはまちがいなかった。先ほどからやたらにキョロキョロと目玉を動かし、頻繁にまばたきをしている。
「大変悔しいことに、プラトンに憑依していたアンドレアルフスにはまんまと逃げられてしまいました」
「中途半端な悪魔のせいかね。なんとも中途半端な固まりかたするもんだねぇ」
ゾーイが石像を揶揄すると、エヴァがため息をついて言った。
「ではどこかにまだアンドレアルフスが隠れているかもしれないんですね。ここにきて、延長戦は勘弁してほしいものです」
「どっかで反撃の機会を狙ってるんだろ。身の丈もわきまえねぇで」
マリアが面倒くさそうにそう言った瞬間、タルディスが競場場のトラックの方を指さして叫んだ。
「あそこ!。マリアさん、あの折り返し点の標柱の上に!」




