第207話 なにを言い出すのです。スピロさん
スピロはこれ以上ないほど確信をもって断定した。
「でしょう、アンドレアルフス、そしてトゥキディデスに憑依した下級悪魔のあなた」
ヒポクラテスが目をむいた。
「な、なにを言い出すのです。スピロさん」
「下級悪魔でも、あれだけの数の怪物を粗製乱造する力はあるなら、他人に化けるくらいはたやすいでしょう。ですがね、やはり詰めが甘いのです」
「スピロどの、言っている意味がわからないのじゃが」
ソクラテスが頭をかきながら、弱り切った顔を見せた。
「下級悪魔ごときでは気づけないのでしょうね。おのれの過ちに」
「過ちってなんです?」
「おまえたちは服がちがってるのですよ。本物とね」
「服じゃと?。わしはこの外衣以外に服をもっておらん。服がちがうと言われても意味がわからん。それに……」
ソクラテスはまだなにかを言いかけていたが、スピロはその機先を制した。
「あのとき……。アンドレアルフスがアリストパネス様を殺害した時、わたくしはその正面におり、血しぶきをずいぶん浴びてしまいました」
「あぁ、見ておったよ」
「まぁ、ソクラテス様ともあろう方がずいぶん鈍いこと。わたくしはそのあと爆発に巻きこまれそうになったあなた方おふたりを思いっきり押し倒したのですよ」
「えぇ、おかげで助かりました」
ヒポクラテスが申し訳なさそうに口をはさんだ。
スピ口はふたりの背中に目をやりながら意地悪な笑みを浮べた。
「ならばどうして、あなたたち二人の外衣には、わたくしの血だらけの手形がついてないのでしょうね?」
その瞬間、ソクラテスとヒポクラテスの目が、山羊の四角に紅彩に変わった。
ヒポクラテスに化けていたアンドレアルフスが正体を現した。
「きさま。くだらぬ小細工を!。人間のくせに」
「その人間のくだらぬ小細工にひっかかっておいてなにを」
「スピロよ、よく強がりが言えたものだ。ここにはおまえのお仲間はいない。なんの力もないおまえが……」
「あら、今はあなた方からいただいた武器がありましてよ」
「われわれから?」
「まわりを見たらわかるでしょう。怪物という怪物が石になっているじゃないですか」
「は、しかたがないのだ。メドゥーサが通るとそうなる。それは折り込み済なのだよ」
が、スピロの余裕いっぱいの笑みに、アンドレアルフスはことばをとぎれさせた。
「ま、まさか」
スピ口は脚のうしろに隠していたメドゥーサの首を、ヘビの髪の毛を鷲掴みにして持ちあげながら言った。
「わたくし、一度試してみたかったんですよ。みずからが作り出した武器で、悪魔が滅ぼせるかどうか……」




