第206話 ソクラテス様、ヒポクラテス様、どうしてここへ?
「なんと美しい」
ペガサスが天空を舞う姿に、スピ口はつい感嘆の声が漏らした。だが、ペガサスの雄姿そのものよりも、自分の妹がこれを成し遂げたという思いのほうが、スピロの心を踊らせた。なにより、セイ、マリア、エヴァという『サイコ・ダイバーズ』の精鋭たちの前で、ゾーイが力を存分に発揮できたことが嬉しくてならなかった。
自分にも力があって、己の力であれほどの活躍ができたら、という思いは強い。だが、それが叶わないのは自分が一番よく知っている。
妹の活躍に心躍らせるのが、せめてもの救いだということも……。
「あれはペガサスじゃな」
ふいにうしろから声がした。スピロは声が届くほど近くにまで人がきていることに気づいてハッとした。戦車競争の行く末に注意を奪われ、他者をここまで近づけるのを許してしまった。あわてて身構えた。が、そこにいたのはソクラテスとヒポクラテスだった。
「ソクラテス様、ヒポクラテス様、どうしてここへ?」
「いやぁ、しばらく気をうしなっておったが、こちらから大きな音が聞こえてきたので、駆けつけてきたのじゃよ」
ソクラテスが頭をさすりながらそう言うと、ヒポクラテスはあたりを恐々と見回しながら訊いてきた。
「スピロさん。いったいどうなってるんです?。ギリシア神話にでてくる怪物だらけじゃないですか。これが悪魔と呼ばれる悪霊の仕業なのですか?」
「ええ。トゥキディデスとプラトンに憑依していた悪魔の所業です」
「それにしてもなんという力なんでしょう。ギリシア神話の怪物をこんなにも出現させらるなんて、悪魔はすごい力を持っているのですね」
ヒポクラテスが驚愕の思いをそのまま口にしたが、スピロは異議を唱えた。
「すごい?。これがですか?」
「すごくないのですか?」
「すごいものですか。この悪魔は無能で低級極まりない輩ですよ。見た目の派手さや数に任せた戦いしかできないから、こんなカオスをうみだしているのです」
「うむ。そうじゃな。真に力を持つものであれば、自分が力があると誇示などしないものじゃ。中身もないくせに口先だけであたかも物事を何でも知っているかのように嘯くソフィスト連中と同じ発想じゃよ」
「えぇ、まぁ。ですが、これだけ多種多彩に生みだせることには驚愕しますよ」
「どれもできそこないです。貧相なケンタウロス、節操のない合体をしたキマイラ、頭が三つ以上あるケロベロス……。作り手の下品さがわかります。お二人も見ていて、嫌になったのではないですか?」
スピロはふたりに軽蔑の目をむけてから続けた。
「自分たちの下劣さに……」