第205話 さあ、おまえたち、飛びなさい!
セイのこころからの問いかけを聞いて、ゾーイは轅に足をかけると、リーダーの引き馬のポダルゴスの走っている背中をじっとみた。
「セイさん、馬はあたいがなんとかする。だから戦車の方をお願いするよ」
それだけ言うとゾーイはポダルゴスの背中めがけて飛びついた。腹ばいになってしがみつく。
たてがみを掴んでなんとかからだを安定させると、ゾーイはたてがみがたなびく首筋をやさしく撫でた。そして手を必死でのばして、一番外をひくラムポーン、そして真ん中でポダルゴスと一緒に引き馬をしているクサントスのたてがみを撫でた。
一番内側のディーノスには届きそうになかったので、声だけをかけた。
「ごめんよ。そこまで届かないんだよ。許しておくれ」
ディーノスはわかっていると言わんばかりにちいさく鼻をならした。
「みんな……。おまえたちの力を、セイさんのために貸してくれないかい。あの人はあたいたちの大事な人なんだ。頼むよ」
ゾーイは馬たちの背中に手をはわせながら光の力を送りこんだ。
目の前に少女の姿。もう距離がない——。
セイの目にもそれが自分の妹ユメミ・サエの姿をしていることが視認できる距離まで近づいていた。
「サエぇぇ!」
セイが泣きそうな声で叫んだ。
それでもセイは自分の精いっぱいのパワーを戦車に送り込んでいた。御者台から轅や手綱を通じて、光が馬たちを包みこんでいる。
「ほら、すごい。みんな力が漲ってきただろう。空だって飛べるはずさ。そうだろ……ポダルゴス、ラムポーン、クサントス、そしてディーノス……」
馬たちの名前を愛おしげに囁くと、ゾーイは渾身のパワーを馬たちに送り込んだ。
「これはあたいの分……。もうやれるだろ」
ポダルゴス、ラムポーン、クサントス、ディーノスが一斉にいなないた。
ゾーイはポダルゴスの首筋に手をあてて叫んだ。
「さあ、おまえたち、飛びなさい!」
その瞬間、四頭の白い馬の背中から大きく立派な翼が生えた。
地面を踏みつけていた蹄が大地を蹴りあげる。馬たちは一回、二回と翼を力強く羽ばたかせた。その逞しい脚が宙を掻き、馬たちのからだが空へと駆け上がっていく。
その奇跡を呆然とした目で見上げていたのはマリアだった。「とんだ、とんでくれた……」と漏らすなり、その場に崩れ落ちるように膝をついた。だが。視線は空を駆ける馬たちから離せずにいた。
エヴァはバイクの上で後ろ手にタルディスの頭を押さえつけたまま、その瞬間を見届けた。馬四頭と御者台を空に飛ばす芸当に目を見張って、「うそでしょ。持ち上がったの?」と言ったきり身動きひとつできなかった。
そしてスピロは自分の妹の真の力の発現に満足そうに口元を緩めた。が、自分が五指を組んで祈っていたのに気づいて、あわてて指をといた。よくみると指がまっしろになっていた。
馬の蹄が少女の、ユメミ・サエの、頭のはるか上を超えていく——。
それに引っぱられた戦車がそれに続く。うっすらと淡い光に包まれた御者台が、セイとゾーイを乗せたまま天空へと舞いあがっていく。
雄々しく翼をひろげた四頭の白い馬は、まるで天にまで駆け登るかのようにさらに上へ上へと脚を掻く。真夏のまばゆい太陽の光が、まるで馬たちへの祝福のシャワーのように降り注いできた。
誰かが下のほうで叫ぶのが聞こえた。
「ペガサス!」
まさにギリシア神話の集大成ともいえる天翔る奇跡の馬、ペガサスの神々しい姿がそこにあった——。