第203話 この力でこの戦車をもちあげる。絶対にだ!
エヴァのことばを伝えるまでもなかった——。
セイの手のひらの中に眩い光が発現していた。セイはその光を封じ込めるように、拳を握りしめてもどうしても漏れでる光をとめられないほどの強烈な光だ。
だが、ゾーイが驚いたのは、自分の手のなかにもその光が宿りはじめ、それと同時に自分のからだの中に、堂々とした力が漲りはじめるのを感じたことだ。
「これはなんだい?」
ゾーイはセイに尋ねた。
「未練の力。本物のギフトだ」
「信じられないほどの力」
「この力でこの戦車をもちあげる。絶対にだ!」
ゾーイは手を握ってその力をもう一度感じてみた。ものすごい力が湧いてくるのが止まらない気分になる。もしかしたらなにかの薬物でハイな状態になると、こんな感じなのだろうか。今なら戦車をあげられるのではないかと思えてくることに自分でも驚く。
セイが手のひらを開いたり、閉じたりしているゾーイに言った。
「まずは、ぼくらの戦車を挟み込んでいる両側の戦車を排除する」
セイの手のなかに宿った光が横に長く伸びたかと思うと、その手には刀が握られていた。
「おかしなまねを!」
そう叫んでセイの背後からアルゴスが襲いかかろうとするのが見えた。
「セイさん、うしろ!」
セイはうしろに振り向きざまに日本刀を引き抜き、飛びかかってきたアルゴスを斬り伏せた。百個もある目が一斉にカッと見開かれ、断末の苦しみにゆがんだ。セイは刀を戦車と戦車のあいだにふるうと、アルゴスの戦車を蹴飛ばした。
セイの戦車と絡みついていたなにかが断ち切られて、アルゴスの戦車が外側に離れていく。ひときわ深く刻まれた轍に、車輪がとられて大きく揺れたかと思うと、そのまま底側をこちらに見せてひっくり返った。
セイはアルゴスの戦車がクラッシュする様子を見ることもなく、スフィンクスとゾーイのほうを振り向いていた。セイが刀を構える。そのとき、最終の23回目の折り返し点が近づいてきていることにゾーイが気づいた。
「セイさん。最後の折り返し点だよ。あたいはいいから、集中しておくれ」
ゾーイは懇願するように言った。
セイはすぐさま手綱に手をかけると、ヘアピンカーブにそなえはじめた。すでに『タラクシッポスの祭壇』の脇を通り過ぎている。この折り返し点を曲がり終えると、最後の直線。600メートル先にゴールがある。
そしてそこにはセイの妹のサエがいる——。
ゾーイはからだに巻きつくスフィンクスの触手の髪を手をやると、やさしく髪を梳きながら、こころの声でルキアノスに問いかけた。
『ルキアノスさん、目覚めておくれよ』
『そしてセイに加勢しておくれ。この人は世界を救う望みなんだ。たのむから『悪魔』なんぞに人間の、あんたたちが刻んでくれた歴史を勝手にさせないでおくれよ……』