第201話 絶望しろ、セイ!
「どういうことだ……」
「アンドレアルフス様は瞬時にこの戦車の下に、少女を送り込むことができる」
「だったら、だったら、なぜ今すぐやらない!」
「ふ、セイ。いったはずだ。我々に与えられた新しい任務は『セイに絶望を与えよ』だと。おまえに絶望を与えるのに、時間は必要だ」
スフィンクスが淡々とこちらに逃げ道がないことを伝えると、今度は反対の右側の戦車から、あの若い御者が変貌したアルゴスが、百個の目を細めてほくそ笑みながら言ってきた。
「セイ、おまえが止まろうとしても、コースを外れようとしても結末はおなじだ。まぁ、ゴールを通過してもおなじだがな」
セイは自分がどういう罠に嵌められたのかがわかった。怒りがこみあげてくる。だが、実際に声を荒げたのはゾーイだった。
「きさまぁ」
ゾーイは腰元から剣を引き抜き、アルゴスのほうへ斬りかかろうとした。だが、それをスフィンクスが邪魔をした。触手のようにぬらぬらと動くたてがみが、ゾーイの腕や脚に巻きついて、あっという間に羽交い締めにしていた。
「ゾーイ!」
セイがからだを乗り出して、ゾーイの肩を引寄せながら言った。
「ルキアノスさん、やめてください!」
だが、スフィンクスはにやりと口元をゆがませた。
「絶望しろ、セイ!」
「セイさん。まだ諦めんじゃないよ。お姉さまが作戦を考えてくれてるんだよ」
「作戦!。ゾーイ、どうすればいい」
セイは癇癪をおこしたかのように感情を爆発させた。
「この戦車を、宙に浮かべるのさ」
ゾーイがそう言った瞬間、ゾーイの背後で乾いた笑いがはじけた。スフィンクスだった。
「うわははははは。戦車を浮かべる?」
その笑いにつられるようにセイの背後のアルゴスが、「キキキ……」と小動物のような笑い声をあげた。
だが、彼らがあざわらうのももっともだった。
「浮かべる?。この戦車を?」
気づくと、セイもおもわずそう呟いていた。身体中の毛穴から汗がどっと噴き出す。
「そうだな。空ならばどうやっても戦車で轢くことは無理だな」
スフィンクスが感心したような口調で言ったが、すぐさまゾーイの耳元に口をよせ囁くように続けた。
「できるというのならな」
セイはゾーイの目をみた。ゾーイの目には不退転ともいえる意志があった。だが、セイはその決意を感じても、そんな芸当は不可能という気持ちは払拭できなかった。
どんなに力をためて念動力を使ったとしても、馬四頭もろとも戦車を持ちあげるなどできっこない——。
でも。ゾーイはできると信じている——。
そしてここに使わせたスピロもゾーイができると……。
力が必要だった。とてつもなく強力な力が。
だが、もしそれがかなわなかったとしたら——。