第186話 観客は一万人以上はいたのですよ
マリアは最後の一匹の頭を刎ねとばすと、そのまま大剣を水平にかまえて第二波に備えた。奥の方から怪物たちの雄叫びと、あたりを揺るがすような地響きが聞こえてくる。
だが肝心の怪物が姿をあらわさない。
マリアが痺れを切らして叫んだ。
「おい。獲物がこねぇぞ!」
「きませんね」
エヴァはひとごとのようにさらりと言った。それでもロケット・ランチャーの弾頭はすでに装着済だ。
「あれで全部なんじゃないのかい?」
ゾーイはおそるおそる私見を口にしたが、すぐさまスピロに否定された。
「ゾーイ。むこうに向った観客は一万人以上はいたのですよ!。たかだか今の千、二千で終わりだなんてことありますか!」
「おことばですが、お姉さま。敵は下級悪魔なんだろ。あの数を産み出すのが限界なんじゃないのかい?」
ゾーイは反論した。驚いたことに姉のスピロは、もっともだと思ったのか、思いつめたように考え込んだ。
その時、数羽の鳥が遥かむこうにむかって飛んでいくのが見えた。鳥といっても人間大の鳥だった。
「ハリピュイア!」
スピ口が女面鳥身の伝説の生物を見て叫んだ。だれもがその鳥が飛んでいく方に目を奪われた。鳥たちはヒッポドロームの戦車レースのトラックの上を通り抜け、向かい側にある北側の土手に降りたった。
そこに怪物たちがいた——。
スタディオンとヒッポドロームを隔てる土手の上に、怪物たちがずらりと居並んでいた。
全長一キロメートル近いヒッポドロームの土手の端から端までいっぱいに埋め尽くされているといっていい。おそらく数千はくだらない怪物の群れがそこにあった。
「ちいっ!。向こう側かあ」
マリアが唾棄するように叫ぶと、エヴァも悔しさを滲ませる。
「やられました。さきほどのは囮でしたわ」
「このままではセイさんのレースがダメになっちまうよ」
ゾーイはちょうど折り返し点を回って、こちら側、南側のレーンにむかってきたセイの戦車を目で追いながら言った。
「ゾーイ、それは心配ありません。このレースで勝つ必要はないのです。すでにわたくしたちの任務を果たされているのです」
「それはどういうことなんです?」
「わたくしたちは嘘に欺かれていたのです。ペンタスロンで勝利した時点でミッションは果たされていたのです。あとはただ戴冠式さえ迎えられれば良かったのです」
スピロはそこまで説明しながら、ハッとなにかに気づいて声を強めた。
「マリア様、タルディス様は!。タルディス様は守りきれますか!」