第29話 信長の亡骸は見つからなかったンだ。本物の墓があるわけねぇだろ
「夢?」
寺の本殿の前で、手をあわせている聖のほうをむいて、かがりが訊いた。まわりには参拝客にまじって多くの外国人客も散見され、にぎわっていた。すでに聖たちのうしろには行列ができ、拝殿が済むのを待っている。
「みたいなモンさ。歴史はなんにも変わっちゃあいないんだから」
「そうだぜ。この本能寺だって偽物だ。あん時の寺は歴史通り、信長と一緒に焼け落ちてなくなっている」
本殿の天井をみあげながら、マリアが憎まれ口を叩いた。かがりはそのことばに納得がいかないのか、マリアに抗議するように言った。
「でも、確かにあの時、わたし、いえ、わたしの前世だったあの女の人の願いが叶って、織田信長は助かったわ」
「あぁ、あの馬鹿は、オレたちが助けた」
「まぁ、気が進まない歴史の改竄でしたけど……」
マリアとエヴァがそれぞれの感想を述べると、かがりはいたたまれない気持ちになった。
「ごめんなさい」
「かがり、なぜ謝る。オレはけっこう楽しかったぞ」
「えぇ。ボランティアでしたから、気が乗らなかっただけですわ」
かがりはふたりの返答にどう返していいかわからず、黙り込んだ。見かねて聖が言った。
「まぁ、ぼくらにとっちゃあ、いつもの通常任務さ。気にかける必要はないよ」
「そ、そう……」
「祐子おばさんにもすこしはぼくらのこと、理解してもらえたし……」
聖のなぐさめのことばにも、かがりはどう答えていいかわからなかった。
「聖さん。せっかく京都にきたんですから。信長さんのお墓に参りましょうよ」
空気を読んだか、読まなかったかわからなかったが、ふいにエヴァが提案してきた。
「エヴァ、いろんなところにあるから行っても無駄だと思うけど……」
「いろんなところにですか?」
「あぁ、信長の亡骸は見つからなかったンだ。本物の墓があるわけねぇだろ」とマリア。
「ゆかりがあるところが、勝手に奉っているだけだからね」
「まぁ、それでも、どこかの神社に参りましょ」
「おまえ、まさか金儲けの願掛けとかじゃないよな」
「マリアさん、そんなわけないでしょ」
ふいにかがりが感慨深げに呟くように言った。
「もし、信長様……、いえ、信長の亡骸が見つかっていたら、光秀は天下人になれたのよね」
「あぁ、歴史研究家はそう言ってるね」と聖が答えると、エヴァもしみじみと呟いた。
「自分に謀反を働いた光秀さんには、意地でも天下を譲らない、ということだったんでしょうね」
「あの大うつけ、何度叩き斬ってやろうかと思ったがな……」
マリアの感想は皮肉たっぷりだったが、聖がその言外に含まれる心情を感じ取って言った。
「でも、本物の侍だった」
「まぁな」
聖の誘導につい本音を漏らさせられて、すこし恥ずかしくなったのか、マリアは聖の顔を覗き込んで挑戦的な目をむけた。
「おい、聖。次、もし信長とあいまみえることがあったら、オレを絶対に呼べよ」
すると聖より先にかがりとエヴァが反応した。
「あーー、マリア。もしかして森坊丸くんに会いに行くとか」
「まぁ、それはいいわ。マリアさん。坊丸さん、とてもイケ面だったし」
「バーカ。そんなのどーでもいい」
「じゃあ、なによぉ」
「かがり、おまえの前世、楽しかったがな。やはり物足りねぇ……」
「次はかならず、オレが信長の御首をいただく」