第174話 どういうわけか観客には見えてないようなんだよ
ゾーイがあわててそちらのほうに目をむけた。
先ほど戦車がクラッシュした場所の近くに、何本も突き刺さった大剣がタルディスの周りを取り巻いていた。タルディスはかろうじて目から上がでている状態で、パッと見た目は剣の牢屋にでも閉じこめられたような状態だ。
「マリアさん。まずいよぉ。いくらまわりに剣で突き刺して囲ったところで、今みたいな怪物が現れたらひとたまりもないじゃないかぁ?」
「剣で突き刺した?。おまえ、なに見てる?。よく見てみろ」
そう言われてゾーイはもう一度よく目をこらした。たしかになにか違和感がある——。
と、ゾーイはそれに気づいた。
「剣が下を向いてないじゃないか。ありゃ、どうやってあそこに固定してるんだい」
「固定なんかしてねぇよ」
そう言うなりマリアが、右手の人さし指をピンとはじいてみせた。すると、タルディスを囲む剣が、ずずっと上にもちあがって、水平に並んだ。
「あれはオレが操っている」
「まさか?。こんな遠くからあれだけの数の剣を操ってるっていうのかい?」
ゾーイは心底おどろいて、思わず感嘆の声をあげた。だが、あまりの驚愕っぷりに、どうにも居心地わるくなったのか、マリアは頭をかきながら弁明してきた。
「あ、いや、そんなに感心されても困るンだが……。ありゃ、セイの技の受け売りだからな」
「セイさんの?」
「あぁ。セイの必殺技のひとつだ。だからあんまり褒めるな、恥ずかしい。それより、ここにいる観客どもは、あんな化けモンが現れたのになぜ逃げなかったんだ?」
「それなのさあ。どういうわけか観客には見えてないようなんだよ」
「やっぱ、見えてないか……。タルディスも四本首の馬が見えてなかった」
「四本首?。ケロベロスみたいじゃないかい」
「三本じゃなくて四本、犬じゃなくて、馬だがな……。ずいぶんな怪物がいたもんだぜ」
「こりゃ、トゥキディデスの悪魔の仕業かねぇ。下級悪魔にしちゃあ、たいがいのモンを出現させてるようだけどねぇ」
「は、たいしたことはねぇ。これだけ人がいるんだ。材料には困らねぇだろうしな」
「材料?。どういうことなんです、マリアさん」
「なんだ、ゾーイ、知らねぇのか。悪魔は無から自分の手先を産み出すことはできねぇ。そこにいる人間を使って……」
そこまで言って、マリアが口をつぐんだ。なにか思い当たるふしがあるのか、顎に手をあてて考え込む。
「そうか……。わかったぜ、ゾーイ。あのトゥキディデスに憑依していた悪魔。あいつ下級悪魔だから、つえー怪物を作りだせねぇ。とはいえ、下級は下級なりに考えるわな。どうすりゃオレたちやセイを倒せるか……。そうすりゃ当然、質より量にいきつく」
「量って、あのデカさってことかい?」
「あぁ。おおきな怪物を作り出すために、ここにいる何万人という観客が必要だってことなんだよ。ま、その考えそのものが下級なんだがな」
「つまりあれだけの怪物に観客の誰も気づかないってことは……」
「そうさ。もし怪物が見えちまったら、怪物製造の材料に逃げられちまうじゃねぇか」