第171話 機関銃の音ががオリンピュアの聖域に響き渡った
アンドレアルフスがその脚を蹴り上げ、ヒポクラテスとソクラテスのうしろに回りこんだ。ふたりを襲うか、盾にするつもりだとすぐに見抜いた。
エヴァはすばやくロケット・ランチャーの先端をふたりのほうにむけると、おかまいなしにトリガーをひいた。
「ふせて!」
その瞬間、スピ口が背後からソクラテスとヒポクラテスを飛びついて押し倒した。男の強い力で、ふたりのからだを床に叩きつけ、身を伏せさせる。
発射されたミサイルが折り重なるようにして伏せたスピロのすぐうしろで爆発した。壁と屋根の一部を破壊する。爆風とともに破片が飛び散り、一部がスピロの背中に降りかかってきた。
エヴァはロケット・ランチャーを投げ捨てると、床に転がっていた機関銃を拾いあげて構えた。巻き上がる爆煙に目をこらし、そのなかに人影を探した。
壁のむこうから外光が差し込んでいるのがわかった。壁にまたおおきな穴が開いているのはまちがいない。
白煙のむこうで、その光に影がさした。
エヴァはすかさず機関銃のトリガーをひいて、その穴にむけて弾丸を撃ち放った。数発がその物体にあたったような、鈍い着弾音が聞こえた気がした。が、白煙のなかに踏み込むとなにもいなかった。
床に目をむける。
ちいさな血痕が滴っているのがわかる。
エヴァは顔をしかめた。
あわてて壁の穴に走り寄ると、先ほど同様、二、三人が通り抜けられるほどのおおきな穴があいていた。すぐさまその穴から顔をつきだして外を見る。中庭をアンドレアルフスがぴょんぴょんと跳ねながら、逃げていく姿が見えた。エヴァが機関銃をぶっぱなす。乾いた音がオリンピュアの聖域に響き渡った。
だが、放たれた弾丸はレオニダイオンの中庭にあるオリーブの木の葉っぱと、幹の何本かを撃ち抜き、回廊の柱を一部削り取っただけだった。
エヴァがまんまと逃げおおせたアンドレアルフスのうしろ姿に、舌打ちしながら、なかにいるスピロに声をかけた。
「スピロさん、申し訳ありません。逃げられました。今から追います」
白煙の向こう側でスピロがゆっくりと立ちあがるのが見えた。スピロは全身にかぶった埃や塵を叩きながら言った。
「エヴァ様、了解しました。すぐに競馬場へ向かいましょう」
と、叩く手をとめて、エヴァのほうへ向き直った。
「エヴァ様。ソクラテス様とヒポクラテス様はどうしましょう」
エヴァは倒れているふたりに目をやった。どうやらスピロに渾身の力で床にたたき伏せられた衝撃で、ふたりとも意識をうしなっているようだった。
エヴァは肩をすくめて言った。
「寝かせていっていいでしょう?。もう賢者の出番はないでしょうから……」
「ここからさきは、わたしのような俗物の出番です」