第169話 なにを生ぬるいことを!
レオニダイオンの壁には大きな穴があいていた。
役員や一部の選手と幸運な招待客しか泊まれない、豪奢な宿泊施設であるレオニダイオンの壁が崩れおちるというのは、オリンピックにつどう人からすればとんでもないことだ。
ちょっとばかり破壊力が強すぎる武器を使ってしまったようだと、エヴァは自戒しつつ、壁の大穴の付近を調べた。
が、アンドレアルフスの姿は見つからない——。
うしろから心配げなスピロの声がする。
「エヴァ様。壁ごと外に吹き飛ばされたのではないですか?」
そう促されたエヴァは壁の穴から、顔を外につき出すようにして、建物の周囲を眺め回した。
「スピロさん、見つかりませんわ。プラトンさんの体も、プラトンさんの肉体のかけらも……」
エヴァはいたしかたなく部屋の中に目を転じた。するとスピ口がエヴァの足元に転がっているなにかの固まりを指さして訊いてきた。
「エヴァ様、足元……。その足元にあるものはなんです?」
エヴァは少し目を眇めてから、ふりむいて言った。
「これ、タルディスさんの身代わりになってもらった誰かさんですわ。爆発にまきこまれたみたいですわね」
「怪我をされたのですか?」
「まさか?。あの至近距離でミサイルを喰らったのですよ。生きてるものですか」
エヴァは吐き捨てるように言ったが、スピロは口元をおおってうろたえた。
「おお、なんということでしょう。わたしがお声がけしなければ、こんなことになりませんでしたのに……」
「なにを生ぬるいことを。ただ横になっているだけで4・ドラクマが手に入るなどという楽な仕事をもちかけられて、何のリスクもないなどとたかをくくっているほうが甘いのです」
エヴァはスピ口にピシャリと言った。スピロはぐうの音もでないという顔つきで、思わず隣にいたヒポクラテスと顔を見あわせた。その時部屋の隅を這いずりまわる物体をアリストパネスが見つけて叫んだ。
「あの奥、ベッドのうしろになにかがいる!」
エヴァは何も言わず、手のひらを床面にかざし力を込めた。さきほどロケット・ランチャーを召喚したときとおなじように、床面に黒い渦巻が現れる。そしてそのなかから勢いよく、ロケット・ランチャーの弾頭が飛び出してくると、吸い寄せられるようにしてエヴァの手のなかにおさまった。
エヴァは弾頭をロケット・ランチャーの先端にとりつけると、ゆっくりと奥の方へ足を踏み入れた。
そこにアンドレアルフスの残骸があった。先ほどの爆発で腹の下から吹き飛んでおり、上半身部分だけが長椅子の上にのっていた。
だが、まだ生きていた——。