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ぼくらは前世の記憶にダイブして、世界の歴史を書き換える 〜サイコ・ダイバーズ 〜  作者: 多比良栄一
ダイブ1 化天の夢幻の巻 〜 織田信長編 〜
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第28話 あなたは日本の歴史上、もっとも嫌われた人物ですよ

 セイが戻ってくると、信長がたちあがりセイのほうへ向き直った。もうその目には光秀にむけていた哀しみの光はなかった。

「セイか、大儀であった」

「いえ……」

「セイ、どうじゃ、わしに仕えてみんか。おまえになら『信濃』か『越後』をまるごとくれてやってもかまわん」

「信長、おまえはばかか。えらそーに上から目線で抜かしやがって。セイが本気を出せばおまえなんぞ一発で捻り潰せるのだぞ」

 偉そうな態度で、マリアが信長をこずく。信長はマリアのちょっかいなど、どこ吹く風で、子供のように目をキラキラさせて、もう一度問うた。

「どうじゃ、セイ」

 セイはふっとため息をつくと、エヴァに目で訴えかけてきた。その視線に気づいたエヴァがあわてて信長に進言した。

「信長さま。セイはこちらの世界とはちがう異世界の者です。そろそろ戻らぬばなりません」

「エヴァどの、おぬしらが異国から来ているのはわかっておる。弥助同様に少々キテレツな服をきておるからな」

「いえ、異国とかそういう次元ではないんですけどぉ……」

 エヴァがそれ以上なんと言っていいか言いあぐねているのをみて、セイが信長に顔を近づけて、すこしだけ凄みのある声で言った。


「信長さん、ぼくはあなたとこの世界で出会うのはこれで二度目だ」

「そうか。他生の縁があったというのか……」

「その時は比叡山を焼き打ちする前に、ぼくはあなたを討ちとった」

「なんと!!」

 信長が声をうしなった。


「また、次に会う機会があったとしたら、次もあなたを打ち取ると思う。『桶狭間の戦い』とか『長篠の戦い』とかでね。あなたを殺したいひとは山ほどいるから……」


「無礼な!」

 おもわず蘭丸たちがいきり立ったが、すぐに信長がそれを手で諌めた。信長は臣下たちを制したままの状態でセイに訊いた。


「セイ、わしはそんなに憎まれているのか?」

「そうですね。日本の歴史上、もっとも嫌われた人物ですよ。あなたは」

 あまりに赤裸々な物言いに思わず、エヴァが「ちょっと、セイ!」と叱責のことばを狭んだが、マリアのほうは「いいぞ。言ってやれ、言ってやれ」とさらにけしかける。

「あなたは人を(あや)めすぎました。一回の戦争で毎回、二万人は死んでる。それ以外に理不尽な理由で、いくつもの家を取り潰している。敵がいないわけがない」

 核心的なことを言われて、信長が神妙な面持ちになった。


「でも、日本の歴史で、あなたほど人気のある人はいません」


 信長はあからさまに驚いた表情をした。あまりに望外なことばだったのだろう、すがるような目をセイにむけた。

「それは……、それは、まことか」

「ええ。あなたの生き様は、後世の多くの物書きが書き記し、多くの歴史学者に研究され続けています。なんども映画……、いえ、劇で演じられ、ゲーム……、いえ、あなたを主人公にした未来の遊びも人気です」

「そうか、そうか、そうか……。わしの生き様はまちごうておらんかったか!」

 信長がうれしさを隠しきれないようだった。徐々に油断ならない戦国の覇者の顔に、戻ってきていた。

「信長様。大きくまちがえられているから、多くの人々の恨みをかってましてよ」

 エヴァがやんわりとした口調で叱責したが、信長はそれを無視してセイを指すと、高らかに宣言した。

「セイ、きさま、次に会った時はわしを討取ると言うたな。だが、もしその時が訪れても、わしは易々とはやられはせんからな。覚悟するがいい」

「ぶわはは。ふつうの人間の残滓(ざんし)ごときが、セイに勝てると思っているのか?。信長、おまえは、ほんとにうつけだな」

 マリアが信長の宣言を鼻で笑いとばした。信長はマリアの頭の上にぽんと手をおいて、優しい顔で言った。

「うつけで良い、マリアどの。天下統一のためなら、わしは天下一のうつけものを演じてみせるわ」

 声色はとても素直でやさしい実直さにあふれていた。が、その眼光は鋭く、たとえ幼女であっても、容赦しないといわんばかりの迫力に満ちていた。

「おいおい、今にもオレを(くび)り殺しそうに見えるぞ」

「もし、いつかお主らのようなものが現れ、天下統一を邪魔しようとするなら、それが赤子や幼女であったとしても斬って捨てるわ!」

「あんまり高らかに宣言しないでほしいなぁ」

 セイがマリアの頭の上に置いた信長の手のひらを、にこにことした顔で、力づくでゆっくりと引き剥がしながら言った。

「その願いや意志は、さっきのような悪鬼、『トラウマ』を呼び寄せる」


「あんなヤツに乗っ取られたあなたと戦うのは……」


「わりと厄介なんですけどね」



「さあ、セイさん、そろそろ時間ですわよ」

 エヴァが信長の世話係の若い女を手で指し示しながら声をかけてきた。ちょうど彼女のからだから、かがりの魂が抜けだすところだった。今度は顔だけでなく全身が抜け出てきていた。

「前世の悔いがはらされたようだ」とセイは晴れやかな声で言った。

 かがりの体がゆらりと上に舞いあがりはじめた、かがりが訊いた。

「セイちゃん、私どうすれば?」

「そのまま一番上までのぼっていけばいい。そうすれば現世の意識が目覚める」

「でも、わたし、怖い」

 セイはやれやれという顔をすると、かがりの手をつかんだ。

「かがり、良かったな。特別待遇だ」

 マリアが皮肉たっぷりに言ったが、かがりの表情は、からだが透き通っている状態もあって、伺い知れなかった。


「マリア、エヴァ、君らも一緒に帰るよ」

 四人の足が地面から離れ、からだが浮かびあがりはじめた。

 その様子をみた森坊丸が前にふらふらと歩み出してきて、マリアの前に跪いて五指を組んだ。

「マリア様……」

 マリアは目の前の坊丸のほうに手を伸ばすと、頬をやさしくなでながら言った。


「おまえ、死ななかったぞ」

「えぇ。死にませんでした。わたしも、兄も、力丸も……」

 そこから先は声が続かなかった。涙にくれて嗚咽(おえつ)となった。うしろから力丸が駆け寄り坊丸の背中にすがりつくようして言った。

「兄上、みっとものうございますぞ。おなごの前で涙なぞ……」

 そう言いながら力丸も涙にむせんだ。

 そこへ弥助がおずおずと進み出てきた。

「マリアサン、ワタシモ、シニマセンデシタ」

「弥助、おまえは死なねぇんだよ、最初から!」

 そう怒鳴られて弥助はシュンとしてうつむいたが、マリアは続けて言った。

「だが、主君を最後まで守った……。よくやった弥助……」


「いや……、ヤスフェ」

 はっとして弥助が顔をあげる。

 本名を呼ばれたうれしさに、その表情は輝いていた。



 四人のからだはすでに人間の頭ほどの高さまで昇っていた。

 セイ、マリア、エヴァ、そしてセイに手を握られたかがり。四人が空に上っていく様子を腕を組んだまま、泰然自若として見あげている信長に気づいたエヴァが声をあげた。

「信長さまぁ。世界に名が轟く信長さまとご一緒できて光栄でしたわ」

「それと、森蘭丸様ぁ、お目にかかれて光栄でした。でも、もうちょっとお話ししたかったですぅ〜〜」

 森蘭丸を指名した呼びかけに、おもわず信長が蘭丸のほうを見る。

「なんじゃ、蘭丸、ずいぶんな人気ではないか」

「いえ、御屋形様。わたくしと御屋形様の関係が、未来では『びいえる』と申してたいそう人気とのことで……」

「なに『びいえる』?……」


 蘭丸からのことばに感慨深げにする信長に、マリアが叫んだ。

「おい、信長。おまえは天下一のうつけだったが……、まぁまぁ楽しかったぞ」

「おぉ、マリア殿も大儀であった。わしもそちらと(たわむ)れられて楽しかったぞ」

 信長はそう言うと、セイのほうに目をむけて、不遜な笑いをむけて言った。

「セイどの。今回は命を救ってもらった。礼を言う」

 セイは手をつないだかがりに目をむけてから、信長のうしろにいる若い世話女を指し示して言った。


「信長さん。今回は、その人に感謝してください。

 でも、次は手加減しません。御覚悟を!」

 

 そのことばに口元をにやつかせながら信長が応えた。

「だまれ、小童(こわっぱ)。返り討ちにしてやる」


 だが、ことばとは裏腹に、信長の表情は実に晴れやかで、そしてとても名残惜しそうに見えた。


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