第163話 プラトンの弁明1
「わたしが……悪魔?」
プラトンは苦笑いをしながら言った。
「スピロさん、言っている意味がよくわからないのですが?。そもそもわたしはあなたの見立てでは、タルディスさんの近くにも寄っていないし、とくに疑わしい行動もおこしていない、一番容疑者から遠い人物ではないですか」
「そうですね。あなたはタルディス様が優勝を決めたときも、エウクレスに倒されたあとも、マリア様と一緒に行動されていて、常に我々のだれかの目に晒されていた。それは認めましょう。ですが、あなたにはそんな必要がなかった、とすればどうでしょう」
「必要がない?」
「えぇ。あなたがトゥキディデスに憑依していた階級の低い悪魔に、命令をしていたからです」
「ちょ、ちょっと待ってください。わたしが悪魔に命令を?」
「はい。まぁ、それは最初からわかっていました」
「最初から……とは?。いつからです?」
「ですから最初……。つまり、わたくしたちがこの世界に来る前からです」
「スピロさん、なにを言っているのですか?。わたしにまだ会いもしないのに、わたしが『悪魔』と呼ばれる『悪しき霊』であるとわかっていたというのですか?」
スピロはその質問には答えず、苦笑じみた笑みを浮かべてから言った。
「もし、わたくしがその『悪魔』だとして、この世界に降りたち誰かに憑依しようとした時、だれにとり憑きたいかを想像しました——。そうしたら、あなた、プラトン様しかない。いや、どんな悪魔であっても、あなたを無視はできないだろう、という結論にいきついたのです」
「いや、まったく意味がわからない。なぜ、わたしが……」
「プラトン様、あなたはソクラテス様のいう『神霊』のことを研究されていましたね。アリストパネス様との問答を書き記した『饗宴』では、愛を司る神『エロス』を神ではなく、神と人間を媒介する中間者『神霊』であると帰結した」
「だがそのあと、べつの著作『クラテュロス』では、『ダイモーン』の語源を『物知り』という意味の『ダエーモネス』から、『配分する』という意味の『ダイオー』と解釈し、個人の運命を握る『運命の配分者』と再定義したのです」
「えぇ。わたしは師の言う『神的なお告げ』がなにかを、純粋に追求したかったのです。それがなにか?」
「ホメロスの著作では『神的なもの』の意味合いが強かった『神霊』は、本来幸福をもたらす『精霊』でした」
「しかし、プラトン様。あなたがそれをねじ曲げたのです。あなたと弟子のクサノクラテスが、ただの『精霊』を、人々を誘惑したり、苦しめたりする、危険で、邪悪をもたらす存在という概念に仕立て上げたのです。そして、キリスト教が『プラトン哲学』を取り入れるようになると、『神霊』は別の名前で呼ばれるようになりました——」
「『デーモン』と……」