第149話 アリストパネスの弁明2
「もちろん知らない間ではない。アガトンの祝宴でソクラテスたちと『愛』について語りあっていたときに、酔っぱらったアルキビアデスが乱入してきて、せっかくの会をだいなしにしてくれたこともあったからネ」
「あなたの批判的な視点であれば、アルキビアデスはクレオンに劣らぬ風刺の対象になりえた人物だったはずです。わたしはあなたがクレオンに言い放ったことばに胸をうたれました……。
『私は喜劇作家だから正義を語ります。あなたにはそれがどんなに耳の痛い話であってもです』と……。
そうおっしゃった人物が、なぜアルキビアデスを貶めようとしないのです?」
「そうじゃ、アリストパネス。このわしですら、なんどもアルキビアデスは咎め立てした。残念ながら不肖の弟子には、師のことばを届かなかった。じゃが、そなたなら喜劇のなかで、このわしを揶揄したように、アルキビアデスを非難できたはずじゃ」
ソクラテスがアルキビアデスに力強く語ると、プラトンもそれに追従した。
「えぇ。老師がどれほどアルキビアデスの愚行に苦労されていたかは、わたくしもよく聞かされて知ってます。その思いがあるからこそ、理想の国家のために人生を賭けて尽くされているのです」
「アリストパネスよ。お主はわたしとおなじくらいの強い思いで、デマゴーグのクレオンを非難した男ではないか。なぜ、スピロの問いにすなおに答えられないのだ?」
たまらずトゥキディデスまでがアルキビアデスに問いかけた。
「アリストパネス様、皆、あなたの作品への姿勢を不審に思われているようですが……」
スピロはほかの賢人の賛同を得た勢いに乗じて、アリストパネスを追い詰めた。すると、アリストパネスが声を詰まらせながら答えはじめた。
「この作品が……、はじめて女性を主人公にした作品なのだ。
わたしが嫌悪する悲劇詩人エウリピデスは、女性の立場を理解し同情するような作品をよく書いていたが、それまでは喜劇において女性は、舞台にただ登場する飾り物のような存在だった。戦争、政治、裁判、思想には女は参入しないのが、アテナイの民主政だったからね。
だが、長期化したペロポネソス戦争が、その構造を根底から変えた。『女の平和』のなかでも『この土地には男がいない』という台詞がある。そう言ってしまえるほど、アテナイから男がいなくなってしまったのだ」
「だったらなおさら、首謀者であったアルキビアデスの名前がでてこないのがおかしいのではないですか?」