第148話 アリストパネスの弁明1
「医学と哲学を分離したじゃとぉ」
ソクラテスはヒポクラテスに鋭い視線をむけながら、スピロに訊いた。
「えぇ。元々哲学と医学は相反するものですから当然でしょう。ソクラテス様とプラトン様の『哲学』は、『仮説』をもちいて『理想』に近づこうとするものです。その哲学で医学を追求すれば、『理想』の実現の邪魔となる、病をもった弱者がいては都合がわるいのです。だから『医学を必要とすることは恥ずべきことだ』という暴論にたどり着くのです」
「暴論ですって。スピロさん。わたしは国の政治を人間の節制に対比し、国の政治の頽廃を健康状態の破綻としてとらえただけで……」
「そのような『医術の範囲を逸脱した暴論』が群衆の前で語られたとき、プラトン、あなたのような弁が達つ者の意見が、常に正しいと認識されてしまうのだ」
ヒポクラテスは険しい表情をプラトンとソクラテスに向けて言った。
「健康を運命のせいにして、医療を否定してはならない、のだよ」
医師として不退転の覚悟をもって語ったそのことばに、ソクラテスもプラトンも反論をしようとはしなかった。
スピロはその一瞬の間隙をぬって、すぐさまアリストパネスに声をかけた。
「さて、アリストパネス様、次はあなたの番です」
「アリストパネス様、あなたは自分の喜劇『女の平和』で、ペロポネソス戦争が終わって欲しいという、平和への祈りがこめられた作品だとおっしゃっていました……。ですが、ここにきてアルキビアデスという人物が、『悪魔』の手先であると判明したからには、看過できないことがでてきました」
「な、なにをむしかえすつもりかネ」
「あなたの喜劇『女の平和』で非難したのは、シチリア遠征を主張したアルキビアデスだったはずです。だが、あなたはそのことで言葉を濁した。それまではデマゴーグのクレオンやソクラテスを思いの丈の限りを尽くして痛烈に風刺したのに、この作品ではその批判の精神がうしなわれている……」
「あなたがアルキビアデスを庇う理由はなんなのです?」
賢人たちがアリストパネスにむけていた視線が厳しいものに変わった。エヴァが降ろしていた銃口をもちあげ、水平方向にむけた。とたんに室内に緊張がはりつめた。
「な、なにもない……。なにもないとも」
「ではなぜ、この喜劇ではアルキビアデスへの非難を真正面から書かなかったのです?」