第26話 そろそろ正体、現してくれるかなぁ
利三の振り降ろした一撃は、とてつもなく重たいものだった。セイはその一の太刀を正面から受けきることこそできたが、そのまま地面に叩き伏せられていた。
「うはははは。小童。よく受けた。だが、次はない」
セイは次の攻撃にそなえて、刀を身の前で構えた。だが、先ほどの打擲ですでに限界をむかえていた刀身は、ひび割れた漆喰のようにばらけ落ちた。
セイは柄だけになった刀をいまいましげに投げ捨てると、すぐに空中から新しい刀を現出させて、再度身構えた。
「刀は何本でも出せるようだが、そんな鈍ら刀、何万本あっても無駄だわ」
セイは利三にむかってニコリと笑って言った
「なんでだろ。自分が強いと勘違いしているヤツって、必ず負ける前に同じようなことばを吐くんだよね」
「なにぃ」
利三が気色ばんだのを見てセイがさらに言う。
「そう、それそれ。煽ると今度はその反応だ。まさか自分が死ぬフラグ……知ってる?」
「フラグだと。ばかにするな」
セイは自分の額に手をあてて、苦笑いした。
「ごめん。二十一世紀の外来語を使った……。でもあんた、この意味わかってるよね……」
「じゃあ、そろそろ正体、現してくれるかなぁ」
「いいだろう」
そう言うと、利三の白目と黒目がくるくると、めまぐるしく入れ替わりはじめた。人間がやれる芸当からはすでにおおきく逸脱している動き。しばらくすると、山羊の目のような四角い瞳孔が現われた。
「我が名は……ザレオス」
その名を叫ぶと、体がむくむくと膨れあがり、どんどん肥大化しはじめた。鎧や防具はその変化に耐えきれず、弾け飛んでいく。
その体は人間の大きさの範疇を越え、さらにおおきくなっていく。
「ついに『トラウマ』が正体をあらわしたね」
「なにをおっしゃるの、セイ。あれはたんまりお金が稼げるお宝。『トレジャー』と呼ぶべきですわ」
「セイ、エヴァ、おまえらは馬鹿か……」
大剣をずるずるとひきずりながら、マリアがセイの方に歩いてきながら叫んだ。
「あいつ、ザレオスと名乗ったよな。つまり、あいつは正真正銘の『悪魔』だ」
「へー、そう言えば、なんか言ってたね」
冷静な表情で答えるセイに、ピストル・バイクのエヴァが上空から声をかけた。
「セイさん。これちょっとまずいんじゃありません」
「そうかい?」
「すくなくとも、あのドナルド・カードさんのときと同じくらいは巨大化してますわよ」
「バカが!。あれと一緒にするな。このザレオスは65番目の悪魔だぞ。格が違う」
マリアはそう指摘すると、エヴァのピストル・バイクの後部座席に飛び乗った。エヴァは無言のまま、すぐにバイクのハンドルを反転させ、信長たちがいる本殿のほうへむかう。
マリアが後方をふりむくと、ザレオスはすでにビルの三階ほど大きさにまで巨大化し、このあたりの建物のすべてを睥睨するまでになっていた。
「残念だがエヴァ、あれはオレたちの手には負えない」
それを聞いたエヴァはスロットルを引き絞りながら、かがりの魂が宿る若い女性にむかって大声をあげた。
「かがりさん、あなたの出番です!」
かがりが頭のうえに現れた。
「エヴァ。なにをするの?」
「セイさんに力を貸してください」
「セイに力を?」
そのとき、セイの叫ぶ声が聞こえた。
「かがり、元の時代に戻りたいって願え!」
セイは巨大化しているザレオスに背をむけ、こちらにむかってきていた。
「21世紀に戻りたいって願ってくれ」
「でも、信長様が……」
「かがり、その思いは君のものじゃない!」
「きみは21世紀に生きている、ただの女子高生だ。ヒップホップ・ダンスに夢中で、英語がちょっと苦手で、アイドルに興味があって、駅前にできたSNS映えするスイーツ店が気になってる、ふつうの女子高校生なんだ……」
「えぇ。でも……」
「かがり、信長の天下統一なんかよりも、そっちがずっと大事だろ』
セイがにこりと笑ってみせた。
「さぁ、帰ろう」
かがりが素直にうなずいた。
「うん」




