第144話 ヒポクラテスの弁明1
「さて、まずはヒポクラテス様、あなたからお聞きします。あなたとアルキビアデスには接点があったでしょうか?」
「いや、わたしはアルキビアデスに会ったこともないし、彼がすでに死んでいたなどということも知らない。だいたいわたしはアテナイの人間でもないし、いろいろなポリスを旅していたからね……」
「そうでしょうか。アルキビアデスのシチリア(シケリア)遠征の文献に、あなたのお名前が散見されるのですが……」
すぐにトゥキディデスとソクラテスが異議をとなえてきた。
「スピロよ、そこにでてくるヒポクラテスはおそらく別人だよ。アルキビアデスとともに戦ったヒポクラテス将軍のことだ」
「そうじゃ、ヒポクラテスという名はありふれた名前だからな。わしの元にもプロタゴラスに弟子入りしたいヒポクラテスという若者が相談にきたことがある。国家の有数たる人物になるためだ、というのじゃったが、わしがやめさせたよ」
「そうですか……。わたしは『アテナイの疾病』のように、都合よく記憶が抜け落ちたのかと勘違いしていたようです」
「なんという失礼な物言いですか?」
プラトンが反射的にスピロに声をあげた。
「そう言い切れますか?。ここにいるどなたか、アルキビアデスがだれの子か教えてください?」
「そんなことは知っている。クレイニアスの息子だ。善良にして高貴と言われた立派な男だ」
トゥキディデスがそんなことは常識とばかりに言った。
「では、その父親が亡くなったあと、だれがその養父になったかもご存知ですよね」
「ああ。ペリクレスだ。アテナイの指導者だった。なにせアルキビアデスはペリクレスの甥っ子だからな」
その答えを引き出したところで、スポルスはヒポクラテスにむけて、おおきく手をひろげてみせた。
「そうなのです。トゥキディデス様をして『偉大な指導者』。アテナイがスパルタに負けた理由のひとつは、この支配者の死であると言わしめた、あのペリクレスなのです。そして、アルキビアデスの養父ペリクレスは……」
スポルスはヒポクラテスに顔を近づけてから言った。
「『アテナイの疾病』で亡くなったのです」