第143話 さあ、五賢人のみなさまお覚悟を……
「アリストパネス様、あなたでしょうか?」
スピロは脅すような口調で言った。
「あなたは自作の『女の平和』を通して、暗に無謀なシチリア島征伐をおこなったアルキビアデスを非難したはずなのに、それについて触れようとしませんでした。戦争が終わって欲しいと訴えたとしただけだと言ってね」
今度はヒポクラテスのうしろにまわる。
「ヒポクラテス様。あなたはアルキビアデスについてなにひとつ言及していない。あれだけの有力者で、資産家ならば、あなたか、あなたの弟子のなかに取り入ったものがいないとは言い切れない。にもかかわらず、彼について賞賛も非難もない。ずいぶん不自然なことではないでしょうか?」
ソクラテスはうしろにまわってきたスピロを目で追った。
「ソクラテス様……。あなたはアルキビアデスを愛人としていたわけですから、絶対それを知っていた。ならばあなたはアルキビアデスの話がでたときに、愛情たっぷりに賞賛するか、罵倒するかどちらかの反応をしめすのがふつうです。しかし、彼についてなにひとつ語ろうとしないのはあまりにも不自然ではないでしょうか?」
トゥキディデスはスピロがうしろに来ても、腕組みをしたまま瞑目していた。
「トゥキディデス様、あなたは自分が記した『戦史』において、アルキビアデスの卑劣なおこないをことさらに非難した人間です。ですが、今ここに存在しているアルキビアデスについて、多くを語ろうとしない。もしアルキビアデスが死んでいることに気づかないよう、何者かに記憶を改竄されていたとしても、抱いていた怒りや憤りまでうしなわれるものでしょうか?」
プラトンは興味深げな目でスピロをみていた。このなかで一番若いせいもあって、スピロの推理に興味をかきたてられているようだった。
「プラトン様。あなたはアルキビアデスの嫉妬の対象だった。ソクラテス様のすぐそばにいつも寄り添っているという姿は、どれほどあの美男子の心をざわつかせたでしょう。あなたもそんなアルキビアデスが邪魔だったのではないですか?。ならば、記憶からすっぽりと抜け落ちるなどということはあり得ないはずです」
スピロは全員に『悪魔』の可能性があることを示唆し終えると、エヴァに目で合図を送った。すこしばかりしょげ返っていたエヴァだったが、気を取り直して機関銃をしっかりと構えて、五賢人のほうへ銃口をむけた。
「さぁ、いまからこの五人のなかに隠れている『悪魔』をあぶり出します。わたくしが出す命題に答えきれない者こそが『悪魔』です。『悪魔』はエヴァ様があの機関銃ですみやかに駆逐いたします……」
「どうかみなさまお覚悟を……」