第134話 トゥキディデスとの問答4
トゥキディデスは怒りを押さえきれない様子で続けた。
「さらに、あやつは長年の宿敵ペルシアとスパルタの同盟にも関与し、ついにはアテナイの城門近くまで侵攻し、祖国を追いつめたのだ。
だが、女癖のわるさは相変わらずで、信じられないことにスパルタ王妃と関係をもち、子供までもうけたため、スパルタ王アギス2世の怒りに触れた。暗殺命令がくだされ、あやつの命運もこれまでかと思えたのだが、今度は隣の超大国ペルシアへと亡命した」
「なんとも身軽な……。だがそれではアテナイだけでなくスパルタも……、いやギリシアの都市全部を敵にまわしたようなものではないかね、トゥキディデス」
「ふつうはそうなる……。だが、アルキビアデスはペルシアの地方総督ティサフェルネスの元に身を寄せると、瞬く間に信頼を得て、側近のトップにのし上がってしまうのだよ。ふん、生れながらの人たらしとでもいうべきなのだろうな。あやつに接する者は誰でも夢中にならずにはおられんようだ」
トゥキディデスが憤懣やるかたなしとばかりに鼻をならしてから続けた。
「だがスパルタがペルシアに、アルキビアデスを貶めようと圧力をかけてくると、あやつは今度はアテナイの寡頭派と共謀して、スパルタの同盟国の離反を画策したのだ。
それが奏効したことで、アルキビアデスはアテナイの将軍に呼び戻され、アテナイの指揮官として任命されると、ヘレスポントス(ボスポラス海峡)にいたスパルタ艦隊を、翌年にはスパルタとペルシアの同盟艦隊をキュジコスの海戦で徹底的に撃破した。
その後も数々の武勲をたてたアルキビアデスは、ついにアテナイに帰還した。亡命から7年ぶりのそれは、まさに凱旋といっていい歓迎ぶりだったよ……」
「それはずいぶん、複雑な気分になりますね」
ヒポクラテスがアルキビアデスの流転に流転を重ねる半生に、すこし圧倒されたように額の汗をぬぐう仕草をして言った。
「そのあとアルキビアデスは、七年前に神を冒涜したと罪を科せられた『神への祭儀』の先導を任され汚名を注ぎ、ついに専制支配の権限をもつ総司令官に任命された……。そうトゥキディデス様の『戦史』には書かれておりますよね」
黙ってトゥキディデスの話を聞いていたスピロは、アルキビアデスの冒険譚の顛末をそうまとめあげてから訊いた。
すると、トゥキディデスが口を開くより先に、ソクラテスが嘆息しながら言った。