第132話 トゥキディデスとの問答2
「それは3つの理由がある。偉大な指導者ペリクレスが『アテナイの疾病』で亡くなってしまったこと。扇動政治家クレオンの台頭を許してしまったこと。そしてシチリア遠征を強行し、スパルタへ寝返ったアルキビアデス。この三人のせいだよ」
「ペリクレスは先ほどヒポクラテス様のときにも名前がでてきましたが?」
「本当に偉大なリーダーだった。名においては民主政を重んじていたが、実は第一人者の支配者でもあった。もし『アテナイの疾病』で命を落とさなければ、強大なアテナイ海軍をもってしてスパルタを打ち破っていたであろうな」
「そうでしょうか?。あなたはペリクレスの偉大な面だけを持ち上げていますが、あの男はデロス同盟の資金を勝手に流用して、その金で『パルテノン神殿』を再建したのですよ。それがペロポネソス戦争の原因のひとつでもあったのでしょう?」
「だが、積極的な公共工事でアテナイ市民は潤った……」
「ずいぶん偏向的なこと。追求や究明を第一義とされたトゥキディデス様らしくないですね」
「わたしは客観的事実だと思っておる」
「そうですか……。それではクレオンはどうなのです。さきほどアリストパネス様の時にも名前がでてきたように、あなたがたが扇動政治家という呼称を未来にまで植え付けた男ですが」
「ペリクレスのあとに台頭したあの男は元皮鞣し職人で、学も家柄もない無能な男だったのだよ。たしかにアテナイに何度か勝利をもたらせたが、大衆に迎合する好戦派で、スパルタからの和平案を拒否して戦争を長引かせたのだ。そこで終わっていれば実質アテナイの勝利だったのにだ」
「しかたがないのではないですか。衆愚政治の嚆矢ともいうべき扇動政治家だったのでしょう。権力基盤は民衆の支持にしかなかったのですから、戦争に勝ち続けるしかなかったのでしょう」
「あぁ……。だが、それでもアルキビアデスよりは、まだましだ」
トゥキディデスは嫌悪感をあらわにして言い切った。スピロはその剣幕に嘘偽りが含まれていないかをつぶさに見てから言った。
「アルキビアデス様なら、本日の戦車競争に6台もの戦車を出場させておりますよ」
「あぁ、知っているとも。何回か前のオリンピック大会では7台もの戦車を出場させて、1位・2位・4位をかっさらっていったのだからね。今回はすくないくらいだ」
「トゥキディデス様。アルキビアデス様が出場したのは何回前かわかりますか?」
「いや、正確には……」
トゥキディデスが頭をひねっていると、アリストパネスが横から捕捉してきた。