第130話 コリントの馬が凄い勢いで迫ってきた
セイは遮眼革のおかげで、馬の制御をうしなわずにタラクシッポスの横を通り抜けられそうだった。
だがセイの背後からコリントの戦車が、ものすごい勢いでセイの横に並んできた。
もうすぐ折り返し点で、すこし速度を緩めるめなければならない局面だったが、ここにきてスピードをあげている。
まだ邪魔をしてくるのか……。
だが、並走してきたコリントの馬を見ると、目は血走り、口からは涎をまき散らしながら激走しているのがわかった。
コリントの御者の顔は恐怖にひきつらせていた。
まったく制御不能になった馬をなんとかしようとしていたが、怒濤のスピードはすこしも緩められそうもないようだった。
彼はセイの横をすり抜け際に、一瞬こちらに目をむけた。
その顔は泣き出しそうで、目には助けを懇願する悲痛な思いがこもっていた。
セイは口を開きかけたが、コリントの馬はまるでセイたちの戦車など眼中にない勢いで前にでていった。
その戦車がむかう先に目をむけると、観客たちが騒めいていた。コリントの戦車が観客席に突っ込んでこようとしていることに気づいたらしい。何百もの人々が蜘蛛の子をちらすように、あわてふためいて逃げ始める。
折り返し点の標柱が迫ってきた。
セイは馬を制御して折り返し点を回り始めた。外側から斜めに切れ込んだ分、外側におおきくまわされたが、今度はマリアの助力を借りずとも回れそうだった。
セイが標柱を回り切る寸前に、観客席からおおきなどよめきと悲鳴があがるのが聞こえた。そしてすぐあとになにがすごい勢いでぶつかったような破壊音が聞こえてきた。
セイには見ることはかなわなかったが、コリントの戦車が観客席に突っ込んで大破したのだとわかった。
セイは前方に集中した。
トラックの百メートルほど先に数人の係員がいた。
ぐしゃぐしゃにひしゃげた戦車が転がっている。さきほど分離帯を横切って先行の戦車に突っ込んだテーベの戦車だった。係員たちはその残骸を片づけようとしていた。
だが、三台もの戦車が衝突した現場ではそれは容易ではなかった。残骸は横幅いっぱいに転がっていて、暴れまわる馬は十頭を超えている。
それでも後続の集団に飲み込まれる前になんとかしようと係員は奮闘していたが その撤収は到底間に合いそうもなかった。