第124話 ヒポクラテスとの問答1
プラトンはそのままことばをうしなっていた。
あまりにも角が立つ指摘だったかもしれない。
スピロはすこし反省して、あわてて取り繕うように続けた。
「ま、まぁ、そんな『虚構』でも、プラトン様は後世にはずいぶんな影響を残されました。とくに『善のイデア』と創造主『デミウルゴス』の区別は、のちのキリスト教における『超越者』と『創造主』との区別に道をひらいたと言われています。神の普遍性と神の世界への関与の両方を保持できた点で都合が良かったようです」
そう持ち上げてみたが、プラトンの表情は曇ったままだった。しかたなくスピロはそれを横目にみながらヒポクラテスのほうへ目をむけた。
「さて、後世に影響を与えたといえば、もうひとかた、ヒポクラテス様。あなたはわたくしたちがいる未来に計り知れない影響を残されました。ここにいる誰よりも」
スピロがそう言うと、ほかの賢人たちがすこしざわついた。
「あぁ。そうらしいね。セイくんから聞いたよ。わたしは医学だけでなく、ずいぶんと女性の美容……に貢献したらしいね」
「ご心配なく。医学界にも名を残されています。たとえば、「ヒポクラテス死相」、「ヒポクラテス指」などあなたの名前を冠した病名も多くあります。それにマリア様が申し上げた遠方の人をいながらにして手術するロボットと呼ばれる機械にも、あなたの名前を使ったものもあります」
「わたしの名前がついた病気がどう言ったものかが不明だが、わるい気はしない」
ヒポクラテスは峻厳な顔つきを、わずかにほころばせた。そこをスピロは見逃さなかった。
「ところが、とても不思議なことがあるのです」
「不思議なこと?」
「ペロボネソス戦争中におきた『アテナイの疾病』という伝染病のことはご存知でしょうか?。そこにいらっしゃるトゥキディデス様の『戦史』に詳細に記述されている病のことです」
それを聞いてトゥキディデスがいきおいよく起ち上がって言った。
「あぁ、あの病のことは忘れられん。わたしもあの病に罹って死ぬような目にあったからな。運良く生き延びられたが、アテナイ軍の4000人の兵のうち1000人以上が死んだ……」
ソクラテスが感慨深げにトゥキディデスのことばに呼応した。
「そうじゃな。最終的にはアテナイ全土に広がり、3人にひとりが死亡した。真夏の炎天下、アテナイの街中は、神殿と言わず、路上と言わず死体がころがっているという状態じゃった」
「偉大なる指導者ペリクレスもあの病で命を落として、アテナイは一気に没落へとむかっていったからな」
トゥキディデスが首をよこにふりながら嘆息した。