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ぼくらは前世の記憶にダイブして、世界の歴史を書き換える 〜サイコ・ダイバーズ 〜  作者: 多比良栄一
ダイブ4 古代オリンピックの巻 〜 ソクラテス・プラトン 編 〜
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第122話 折り返し点をまわれ

 セイの位置取りはやや後方となった。


 みずから狙ったわけではなく、ほかの御者たちの駆け引きに巻き込まれ、流れにまかせていたらそうなったというところだ。

 横に一台の戦車が並び、うしろではおそらく五台ほどの戦車が前を伺っているようだった。最初の折り返し点が見えてくる。右側の観客席のほうへ一瞬目をむけると、タラクシッポスの祭壇が確認できた。と、並走していた戦車の御者も、祭壇のほうへ目をやったのが見えた。

 やはりみな恐怖しているのだろうな——。


 セイはスピロから科学的に合点のいく説明を受けていたが、この時代の人々はこころの底から『呪い』を信じていただろう。得体のしれない恐怖に飲み込まれて、パニックから事故を起こした人も少なからずいたはずだ。

 セイの馬車が折り返し点にさしかかる。

 正面の観客席がどんどん近づいてくる。思ったより近く感じられ、そちらに一瞬吸い寄せられて飛び込んでしまうのでは、という気にとらわれる。その群衆のなかにマリアがいるのが見えた。マリアは誰か背の高い人に肩車をしてもらっているらしかった。マリアが手をふる。

 セイは内側の馬の手綱をひきしめ、外側の馬はゆるめて、からだをいくぶん内側に傾けながら、折り返し点を曲がろうとした。だが御者台にはなんの緩衝材(かんしょうざい)もなく、地面の凹凸の振動をじかに受けるため、バランスが安定しない。


『くっ。外側にひっぱられる——』

 と、そのとき、戦車が突然内側にすっと動いた。引っ張られるという力ではなく、遠心力で外側にむかった車体の脇に、なにか見えない壁のようなものが現れ、それに車体が沿うたという印象。

 その反動で結果的に真横に動いたような感触になった。

 すぐにマリアの仕事だとわかった。


 マリア、いいぞ——。

 セイは心のなかで呟いた。これでまず一回目の折り返しはうまくいった。

 だが後続の戦車も折り返し点を曲がりおえ、セイの戦車のうしろに続く。どうやら最初の折り返し点は、すべての戦車が無事に通り抜けたらしかった。だが、うしろから追い上げてくる戦車のことを気にしている余裕はない。

 手綱を打ち振り、セイは直線コースで速度をあげていく。

 やがて目の前に次の折り返し点が迫ってきた。


 セイは折り返し点にさしかかってきたところで、ぐっと手綱に力をいれた。今度は真ん中の二頭の馬(ジュギオイ)ではなく、外側の二頭の引き馬(セイラフォイ)の内側の一頭の手綱のテンションだけを強めた。

 一番内側の一頭がすこし速度を落とし、外側の馬が先行する形で、折り返し点に突っ込んでいった。


 ゾーイ、浮かせろ!——。


 セイがこころのなかでそう叫んだとき、外側の車輪がふっと浮いて戦車が斜めに(かし)いだ。激しく揺れる振動は一瞬おさまる。セイはその瞬間をとらえて内輪側に移動すると、戦車のサイドの柵から身を乗り出すようにして体重をかけた。わずかに浮いていた外輪がさらに持ち上がる。

 そのままひっくり返るのでは、と思うほどの傾斜。観衆たちからどよめきがあがる。


 ハングオンだ!、ゾーイ、頼む。


『セイさん、まかせておくれよ』とゾーイが請け負う声が頭に響く。

 セイが体重をかけ戦車は片輪になったが、その内輪を支点にして、四頭の馬がきれいなカーブを描いて曲がっていく。見たことのない鮮やかなコーナーリングに、観衆たちのどよめきが、感嘆の色を帯びてさらにもう一段階大きくなる。


 コーナーを回り切ったところで、ゾーイがいる観客席の場所がわかった。

 ゾーイの姿は人の壁に埋もれて見えなかったが、そのすぐ上空に紫色したすこし晴れやかな雲が逆巻いていた。こちらに未練の力(リグレット)を送り込んでいる証拠だ。


 2周目——。残り11周。



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