第116話 アリストパネスとの問答2
「ですが、そのお二人の反骨精神が未来にあたらしいことばを残しました」
「あたらしいことばを?」
プラトンが呟くようにスピロに問いかけた。
「はい。『デマゴーグ』ということばです。このことばは元々『民衆の指導者』という意味だったのですが、おふたりのクレオンへの徹底的な非難によって、『悪しき扇動政治家』という意味になり、いまでは根拠のない噂や流言を『デマ』と呼ぶようになっています」
「そうなのかね。それはなんとも痛快な話ではないかネ。トゥキディデス殿」
「おぉ。アリストパネスよ、これでクレオンに対する恨みや憎しみがすこしは晴れるというものだよ」
アリストパネスは相好を崩して気分良さそうにしていたが、スピロは彼を真っ正面から真摯な目で見つめてから言った。
「アリストパネス様、あなたの芝居をみると、みな奇想天外の筋立てで、美しい歌はあるものの、登場した役者が舞台の正面席に陣取っている人、たとえば傲慢な政治家や戦争好きの将軍、うぬぼれた知識人といった連中を面とむかって攻撃したり、コーラスが作者の政治上の意見を主張したりしてましたね」
「スピロ殿。それが喜劇というものですよ。そのような人を喜劇のなかでからかうことで、彼らの反応をみた市民たちが溜飲をさげられるものだからネ」
アリストパネスの口は軽やかで、まだ愉悦にひたっているような口調だった。
「ですが、個人攻撃やただの当てこすりで、しばしば不埒なほど権力者を嘲るというのはどうでしょう。そこにいるソクラテス様はそんなにあげつらうような人でしたか?」
「『雲』の話かね。それははもういいのではないかネ。最下位だったとキミらの仲間の前で、わたしは充分恥をかいたと思うがね」
「ふん。そなたは数人の前で恥をかいたのかもしれんが、わしはあのディオニュシア祭で満員の観衆のなかで恥をかかされたのじゃよ」
「ソクラテス、そなたこそ、大声で叫んで劇を台無しにしてくれた」
「それだけではありませんよ」
「な、なにを……」
「この作品のせいで、このあと開かれる裁判ではソクラテス様はたいへん不利になった、と言われています。あの劇は裁判員に『ソクラテスは世迷いごとを吹聴し、若者に悪知恵を吹き込んでいる』という先入観を植えつけたようです」
「で、では、わたしの作品は未来に影響を与えたというのか……」
「まさか。あなたの愚作にそれだけの影響力があるものですか」
スピロは唾棄するような勢いで、アリストパネスのことばを斬って捨てた。あまりに容赦ない物言いに、アリストパネスの気分はたちまち急降下していったのがわかった。
「愚作だとぉ。たしかに『雲』は評価を得られなかったが、それ以外の作品は……」
「どれも下劣で酷いものです」
間髪をおかずにスピロはアリストパネスをあしざまに卑下した。