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ぼくらは前世の記憶にダイブして、世界の歴史を書き換える 〜サイコ・ダイバーズ 〜  作者: 多比良栄一
ダイブ4 古代オリンピックの巻 〜 ソクラテス・プラトン 編 〜
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第105話 戦車競争の朝

 興奮はまだ漆黒の(とばり)が降りたままの、夜明け前からはじまっていた——。


 足元も危うい暗さのなか観客は聖域の東にある『ヒッポドローム(競馬場)』に急ぎ、『ポルチコ(大理石の玄関)』の前で馬の準備を見守っていた。


 飼育係は忙しそうに走り回り、御者たちは自分の乗る戦車の点検に余念がなかった。

 駿馬(しゅんめ)たちはヒッポドロームの周辺で草をはんでいた。そのからだは、水で洗われ入念に油で磨かれた毛並みを輝かせ、のぼりゆく朝日の光のなかで砂ぼこりをあげていた。

 賭事がすきなギリシア人は、戦車競争も仲間内で賭けていたり、聖域の外に露店を出していた賭博屋に金をつぎ込んでいたりした。そのため観客は馬体の状態をつぶさに見てまわっていた。なかには馬糞のにおいをかいで飼料の質を確認していた者さえいたという。

 

 四頭立ての馬の真ん中の二頭のジュギオイは力の強い馬が選ばれた。二頭は|軛《くびき(かじ棒に繋ぐ際に用いる木製の棒状器具)》につながれ、(くびき)は|轅《ながえ(前方に長く突き出した二本の長い柄)》に留められて、革紐で戦車の側面に結びつけられていた。その二頭を左右から挟むのは引きセイラフォイと呼ばれ、敏捷な馬が担った。180度方向転換をしなければらならない折り返し地点では、なによりも小回りがきくすばしっこさが求められたからだ。

 御者は鞭か尖端に鈴のついている突き棒を掲げていた。そして馬は手綱(たづな)(くつわ)(馬の口に噛ませ手綱につないで馬を制御する道具)か、そのかわりになる鼻革でコントロールされた。


 戦車そのものはとても華奢(きゃしゃ)な造りであった。

 基本的な形はトロイア戦争の時代の戦車とおなじで、二輪の車輪と車軸の上におかれた床、その上に御者台が乗っているだけだった。御者台はスピード優先のために、すこしでも軽くなるように、薄い貝殻や軽い木材、柳の枝を編んで作られていた。だがどの御者台も色鮮やかに塗られ、革や薄く()された青銅、銀の象嵌細工(ぞうがんざいく)などで飾り立てられていた。(くつわ)にも装飾がほどこされ、なかには手綱(たづな)に宝石がちりばめられたものまであった。

 だが乗り心地は最悪で、スプリングのような緩衝材などないものだから、御者たちは(わだち)の跡のえぐれた地面の上を絶えずバウンドしながら走り抜けた。それが御者のからだにどれほどの負荷を与えたか想像にかたくない。


 群衆のなかから時折、祈りのようなものが漏れ聞こえはじめた。

 それは迷信や縁起を大事にした御者たちが、レースの無事を祈るもので、戦車には呪いを払いのけるための『男根』の模型や邪悪な目の魔力をそらす『同心円』の絵などのお守りがつけられていた。

 だが、そのなかのおおくは呪いのことばだった。

『馬の気がふれて、筋肉が萎えて足が砕けよ……』

『地面にふりおとされ……自分の馬車に引きずられるがいい……』

 そんな物騒なことばが各所で呟かれていた。

 それは、戦車の所有者、御者、金を賭けている観衆が、ライバルの馬や御者を魔術師に呪わせる儀式だった。だれもが自分の賭けた馬の無事を祈り、それ以外の馬の不幸を願った。

 実際に妨害工作をしようとする(やから)もいたので、準備している御者は、馬車を吟味している観客の姿を見るたびに、疑心暗鬼の目をむけて、極度な不安と興奮にたえず(さいな)まされていた。



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