第102話 奴隷という身分は現在のサラリーマンとおなじ
スピロの煽り文句はルキアノスにいたく響いたらしい。
さきほどまでの鷹揚な顔つきが怒りに熱くなって変貌している。
「なにを言うか、貴様。アルキビアデス様お気に入りのセイの友人とて、言っていいこととわるいことがあるぞ」
「あら。言論の自由はあるのでしょう。アテナイは民主主義の都市ですものね。それともあなたのような奴隷は守らなくていいのかしら?」
ルキアノスが奥歯を噛みしめて黙り込んだ。
その様子をみてスピロはあまりに自分のことばが無遠慮すぎたと感じた。
ルキアノスは、ことばのフットワークに長けた賢人たちとはちがう。自分はあまりに剥き出しのパンチを繰り出してしまった。
「お許しください。いささかことばが過ぎました。この時代、奴隷というのは、わたしたちの世界でいう『サラリーマン』とほとんど身分はおなじだというのを失念しておりました」
スピロは自分のことばを恥じて、ルキアノスに詫びをいれた。ルキアノスに罵られても仕方がないと覚悟していたが、彼はスピロの言ったことばに興味をしめした。
「なんだ?。そのサラリーマンというのは……?」
「あ、はい……。サラリーマンというのは『会社』と呼ばれる組織に所属して、お金のために労働力を提供している人々です。セイのいる『ニッポン』では、なんの保障もなく安い賃金で長時間労働をしいられている人々が数多くいるそうです。社長と呼ばれる自由市民に無理難題を押しつけられ、なかには絶望のあまり、みずから命を絶ってしまう者さえいると言います」
「なんと、それはわたしたち奴隷以下ではないのか?。奴隷は高価な資産だから、ずいぶん大切にしてもらえるものだが……。それにわたしたちには市民権こそないが、技術に応じて対価も充分に与えられているし、家庭を持つことも許されている。才があり経験豊富な奴隷のなかには医師や教師をしている者もいるし、むしろ自由市民のように軍役がない分、気楽な部分もあるほどだ。まぁそれもアテナイの場合だがな……」
「そうですね。アテナイでは家庭内での生産奴隷で市民個人の所有ですが……、スパルタでは国の所有物とされて……」
「そうだな。スパルタは、そのセイのいる『ニッポン』のサラリーマンっていうヤツのような待遇かもしれんな」
「たしかそのような組織に縛りつけられた者を、『ニッポン』のことばで『社畜』と呼ばれていると聞いたことが……」
「『シャチク』……。そうはなりたくないものだな」
ルキアノスがごつい顔をにんまりと崩して、スピロに笑ってみせた。