第101話 おまえはあの白い馬の戦車に乗れ
競場場に近づくにつれ、かなたから馬のいななきと人の叱咤する声が聞こえてきた。
スピロはさきほど視察に訪れたときと、競馬場の様相が変わっていることに刮目した。何台もの四頭立ての馬車がそこで練習している様子がそこにあった。競技を翌日に控えて、どの御者も最後の調整に余念がないようだった。
競馬場のトラックに足を踏み入れると、ひとりの男が近づいてきた。『キスティス』を着ていたので御者であることがすぐにわかる。
「おまえが、ニッポンのセイか」
屈強な腕をこれみよがしに見せつけるように、腕組みをしながら男が尋ねてきた。
「はい。ぼくがセイです」
「おれは御者頭のルキアノス。アルキビアデス様からおまえの面倒をみるよう仰せつかった。ほんとうに面倒このうえないが、アルキビアデス様からの命令だ」
そう言うとルキアノスは、競馬場の一角を指し示した。
「セイ、おまえの馬はあそこに用意しているあの白い馬の戦車だ」
ルキアノスが指し示すほうを見ると、四頭立ての馬車があった。馬は白い毛並みの凛々しい姿で、ひとめで駿馬だとわかるような引き締まった体躯をしていた。それは素人のセイにもわかったようだった。
「いい馬そうだね?」
「あぁ。アルキビアデス様のご命令だ」
ルキアノスは吐き捨てるようにそう言った。
「じゃあ、とりあえず馬たちに挨拶してくるよ」
そう言ってセイはセイはひとり競馬場のほうへ向かった。が、セイが競馬場に足を踏み入れると、とたんに馬たちが荒い鼻息で威嚇してきた。真ん中の馬がいなないて、脚をけりあげて牽制する。
「うかつに近づかないほうがいいぞ。気性が荒い馬なのでな」
ゾーイはあまり協力的ではないルキアノスの態度に、皮肉をぶつけた。
「ルキアノス様。あなたはセイに勝たせたくないようですね」
「ばかばかしい。あの少年は素人なのだよ。勝たせたくないもなにもない。勝てっこないのだよ。アルキビアデス様の気まぐれに振り回される、こちらの身にもなってもらいたい」
「だからわざと気性の荒い馬を?」
「いいや。一番いい馬だよ。本来、あの戦車はわたしの乗る戦車だったのだからね」
「だからセイが気に入らないのですね。まぁ、馬を選ばねば勝てないというのなら、それほどの腕前ではないのでしょう」
「ほう、言ってくれるな」
「そうではないですか。アルキビアデスからあなたへの命令は、セイを戦車競争で優勝させること。そして1から3位までを独占することでしょう」
「ん、まぁ、そうだ」
「ルキアノス様、あなたが言っているのは、素人を優勝させるにこともできなければ、あの白い馬でなければご自身も3位以内に入れない。そういうことですよね」