第96話 あの男こそが悪魔なのかもしれない
「エヴァ様、あの男はアルキビアデスです」
「アルキビアデス様ですか……」
「エヴァ様、しっかりしてください。あの男こそが悪魔なのかもしれないのですよ」
「おい、おい、スピロ。エヴァのヤツどうした?」
スピロがエヴァに声を荒げているのをマリアが聞き逃すはずはなかった。
「あ、いえ。エヴァ様があの男、アルキビアデスにエヴァ様が心奪われたようで……」
「は、無理もねぇな。たしかにいい男だからな。ま、オレは興味ねぇが」
「部外者を気取ってないで、エヴァ様を正気にもどしてください」
「なら、ショック療法だな」
そう言うなり、マリアはソクラテスのほうへ走っていくと、アルキビアデスの手をひいてこちらに戻ってきた。
「やぁ、きみたちがセイとおなじ『ニッポン』から来た人たちだね」
アルキビアデスがだれもの心をほどくような笑みで言った。白い歯がきらりときらめく。
「えぇ。そうですわ。セイさんと一緒にきました。わたしはエヴァと言います」
エヴァが夢見心地の目つきで自己紹介をした。アルキビアデスがエヴァの手をとろうとしたとき、マリアがアルキビアデスの背中に飛びついた。そしてそのままうしろから手を伸ばすと、アルキビアデスの頬を両側から思いっきり引っぱった。端正な顔が歪む。
「ほら見ろ、エヴァ。こいつは金がないぞ。口の中にドラクマ硬貨がはいってねぇ」
マリアの狼藉っぷりをスピロはあわてて叱責した。
「マリア様、アルキビアデス様は大金持ちです。だいたい明日の戦車競争に何台もの戦車を出場させるだけの財力をお持ちの方が、自分でお金など持ち歩くはずありませんわ」
マリアは横にひっぱっていた手をゆるめて、アルキビアデスの背中から飛び降りた。
「そうか。オレは金持ちはてっきり、リスみたいに頬が横にぷっくり膨らんでいるヤツかと思っていたぜ」
マリアはそう言って肩をすくめた。スピロはマリアの代わりに謝ろうとしたが、そのときタルディスがふいに上半身を起こして声をあげた。
「セイ。あしたの戦車競争で優勝してくれ」
あまりにふいだったので、そこにいる全員の動きがとまった。タルディスはそれだけ言うと、また電池が切れたようにぱたんと横になった。
「どういうことかな?」
最初に口をひらいたのはアルキビアデスだった。だれもがその質問にどう答えようかと答えあぐねていると、プラトンがおずおずと口をひらいた。
「セイさんたちがどうも困っているようなんです」
「困っている?」
アルキビアデスが眉根をよせて聞き返した。スピロが致し方なく口を開いた。
「アルキビアデス様。セイはタルディス様の願いを叶えるために、ニッポンからやってきたのです。そしてわたしたちはそれを助けるために集まりました」
「ほう、それでどのような願いを……」