第94話 スピロ考察する
プラトン——。
その次にタルディスに近づいたのは彼だった。だが、プラトンが行ったのは、エウクレスに突き飛ばされた師匠のからだを受け止めたことくらいだ、
あの時、タルディスとなにかしらコンタクトがあっただろうか?。すぐ真上にマリアの嫌になるほど邪な目が光っているのだ。なかなか難しいことは想像にかたくない。自分の身に置き換えても、マリアの目を盗むのは生半なことではないと感じる。
いや、逆にあれだけ密着しているからこそ、マリアにとって死角ができたかもしれない。その間隙をつかれたとしたら、自分たちはそれを知る術すらない……。
スタディオン内で『悪魔の囁き』が実行されたとは決めつけるべきではない。医務室に運びこまれてから、という可能性もある。
アリストパネス——。
最初に到着したのはエヴァとアリストパネスだと言う。だがすぐ近くにいても当番医やギムノトリバイに手当てを受けていたため、アリストパネスがタルディスに近づくチャンスはなかったという。
トゥキディデス——。
それからすこしして、ゾーイとトゥキディデスが合流する形になったが、ヒポクラテスがくるまでは、こちらも単独でタルディスには近づかなかったらしい。それどころか心配のあまり、トゥキディデスはその場にへたり込んで嘆いていたというから、身動きすらしていない。
ヒポクラテス——。
なによりもタルディスに唯一触れた人物で、もっともチャンスがあったはずだった。だが、そのときはゾーイとエヴァがとくに注視をしていたはずで、医者としての振る舞い以外の動きがあれば、わからなかったはずはない。
「えぇ、お姉さま。あたいはタルディスが目を覚ますまで、あの三人の賢者から目を離したりはしちゃあいないんだよ。エヴァさんだってそうさ」
ゾーイはことさらに主張した。エヴァもそれには絶対的な自信があるようだった。
「ゾーイさんの言う通りです。ヒポクラテスさんも含めて、わたしたちはしっかりと監視していました。診察している行為が『囁き』とおなじというのなら、犯人はヒポクラテスさんだと思いますけど……」
スピロは頭を抱えた。
前回の優勝時のウイニング・ランのときは、誰もが怪しく容疑者になりえた。だが、今度は誰もが怪しくなく、だれも容疑者にはなりえなかった。だが、この五人の賢者のなかに、まちがいなく『悪魔』がまぎれているはずなのだ。
階級が低いゆえに姿を見破らせず、非力ゆえに賢者の知力をかりて、頭脳戦、持久戦に持ち込もうとしてる悪魔が……。
スピロはふと、自分もそれとおなじような立ち位置で、ここにいるのではないか、という不安感に襲われた。自分はこの世界でスーパーパワーも使えない、非力で足手まといの存在なのだから。
だが、すぐにこころのなかで、それを打ち消した。
自分はそんな悪魔とはちがう——。
残念なことだったが、スピロは自分自身でそれを一番よく知っていた。
自分はもっと非力で、存在価値のない者なのだ……と。