第85話 だから、あいつは強い!
「テクニックはかなりのもののようですね」
スピロもセイの動きから目が離せないようだった。
「あぁ、テクニックだけはな。どうやら、トップ・プロボクサーの真似だけはうまいらしい。だからボクシングジムのコーチによく怒られていたよ。強いわけじゃないが、勘がいいんだろうな」
「強くない……のですか?。そうは見えません」
「真剣に練習したらアマチュアボクシングなら、まぁいいとこまでいくと言われたらしい。だけどヤツはボクシングだけじゃなく、剣道や古武術のような武道も習ってるからな」
「なぜ、そんなにいろんなものを?」
スピロが怪訝そうな顔をしたので、マリアはスピロのほうを見てから言った。
「双子の妹、夢見・冴を救うためだよ」
マリアはあのネロのドムス・アウレアで、ほんのひととき会った夢見・冴の姿を思い出しながら続けた。
「あいつは、この世界に囚われの身になっている妹を救うために、現実世界で並々ならぬ努力をしている……」
「セイ様がボクシングや武道をやってるっているのは……」
「この世界で誰にも負けないためだ。やつは現実世界で鍛えた体と精神、身に付いたテクニックが、こちらの世界で大きな力になると信じてる……。そしていつか妹を助け出せる『自分』を信じている……」
「だから、あいつは強い!」
エウクレスが右、左と続けざまにフックを振り回して、セイに迫ってくる。そのパンチの威力は風切り音がするほどのパワーだったが、いいように振り回されて、なかばムキになって繰り出しているように見えた。
「いけぇ。エウクレス!」
「一発あたれば、その小僧の頭は吹き飛ぶぞぉぉ」
「殺せぇぇぇぇ」
狂気じみた声援に押されてエウクレスのパンチはスピードを増してきた。だがそのパンチはセイにかわされて、ことごとく空を切る。
エウクレスは次第に肩で息をするほどに疲れはじめてきた。
「エウクレス、なにやってやがる!!」
その檄が飛んだ瞬間セイがしかけたのがマリアにはわかった。
セイがドンと足を前に踏み出して、からだを突っ込ませる。エウクレスにとっては、待ってましたというタイミング。おおきくセイにむかって腕を振り抜く。
それがセイの狙いだった。
フェイント——。
この時代のボクシングにはないテクニックだった。
一気にセイが体をうしろにひく。が、セイの動きにつり出されたエウクレスは、パンチを止められない。からだのバランスが崩れたエウクレスのパンチの下から、セイはカウンターでレバー(肝臓)打ちをねじ込んだ。しかも立て続けに二発——。
「スイングブローはカウンターをもらいやすい!」
スピロが興奮のあまり、思わず声をあげた。
エウクレスが悶絶して、前のめりになる。そこを逃さず、右腕で打ち下ろしのストレート、そしてすぐさま左腕のアッパーでエウクレスの頭を貫く。左右のコンビネーションが決まった。
その瞬間、エウクレスのラッシュが突然とまった。
突然電源がオフになったように、すべてのモーションがストップした——。