第74話 聖なるオリンピックを汚すつもりか
「このガキ、どこから出てきやがった」
突然飛び出してきて、エウクレスのパンチをクロスアームブロックで防いだ少年をみて、観衆のひとりが叫んだ。
「タルディスさんを殺させはしません」
セイはからだの前で拳をかまえたまま言った。パンチをとめられたエウクレスが、セイを睨みつけた。
「おい、小僧。きさま、今なにをやったかわかっているのか?」
「えぇ、わかってます。タルディスさんの命を救いに来たんです」
そのことばを近くで聞いていた観衆たちは、哮り狂った。
「ふざけるな。タルディスはまだギブアップしてねぇんだ。試合は続行中だよ」
「タルディスには気の毒だが、死んだとしても試合中の事故さ。あきらめな」
なにかに取り憑かれているとしか思えないことばが人々の口からついて出る。
何者かがこの場の感情を支配している——。
「審判!。タルディスは気絶している。試合をとめ……」
その時、ふいに背後から強烈な殺気がセイを襲った。それが何かわからなかったが、セイはそれをかわした。いや、かわしたなどという生半なものではない。瞬時に地面に腹這いになる勢いで倒れこんだ。
「おいおい、小僧。タルディスを救いにきて、殺されるんじゃないぞ」
あたりで嘲りを含んだ笑い声がドッとはじける。
セイはあわてて体を反転させると、自分を殺そうとしてきたものに目をやった。
エウクレスだった。セイが審判に目をむけた一瞬の隙に、彼がパンチをふるってきたのだ。さきほどソクラテスを突き飛ばしたり、スピロに手をだそうとしたものとは、あきらかに違う本気のパンチ——。彼が繰り出してきた剛腕は、本気でセイの頭をたたき割ろうとしていた。
エウクレスがセイを鋭い眼光で見おろしてきた。まるで今、避けられたのは手ごころを加えたから、と言わんばかりの余裕めいて口元をゆるめていたが、眼からは殺意が消えてなかった。
こいつが悪魔か——?
だが、あまりにも直接的すぎる。いや、それまでも毒や暴漢、そして槍投げの競技中のアクシデントと、充分あからさまだったのだ。
なくはない——。
セイは足を跳ねあげて『跳ね起き』すると、エウクレスをにらみつけた。
「危ないじゃないですか。素人にむかって」
「このガキ、そこをどけ!そいつは俺の獲物だ」
「そうはいかない。タルディスさんは気絶している。もう、勝負はついたはずだ」
「貴様、聖なるオリンピックを汚すつもりか」
エウクレスはセイの額に自分の額がつきそうになるほど近づけて、猛獣のような形相で威圧した。
セイは思いがけず射竦められそうになる自分に気づいた。