第65話 ソクラテスとプラトンとの対話2
「いいでしょう……」
スピロは一度息を整えてから言った。
「まず三大哲学のうちのひとつはソクラテス様、あなたが示された『知を吟味する哲学』です。これは、相互に相手の意見を批判的に検討することで、ひとつの真理にいきつく哲学。『問答』の哲学と言われています」
「はいっていて当然だろう。むしろ、このソクラテスの哲学だけあれば、ほかの瑣末なものは不要と言ってもいいじゃろうて」
まったく恐れ入ったことに自分の哲学が評価されても、ソクラテスの顔にはほっとした様子は微塵もなかった。ことば通り、三大哲学にはいっていないことなど露ほども疑っていない。
「もうひとつは、今から200年前のミレトスの『タレス』によって唱えられた『自然を理解する哲学』です。自然理解にもとづいて思慮を深める哲学と言ったほうが良いでしょうか」
「ミレトスのタレスかね。あやつは『ギリシア七賢人』のひとりじゃから外せんかもしれんな。わしもその影響を受けた者だが、自然を理解したところで、人間に幸せをもたらせるとも、役にたつとも思えんがな。それに自然を理解していながら、あやつはここオリュンピアの地で『水』のせいで死んでおる。まったく説得力を欠く」
「そうでしょうか?。地・水・火・風を原理とする哲学は、やがて信仰へと転化していってもいます。それに『デモクリトス』の『原子論』とも通ずるものがあります」
「デモクリトス!。あの若造かね。残念ながらわしは面識もない。いや、残念でもないがね。世にあるものはすべて『原子』なるものからなる、なぞ世迷いごとを唱えおって……」
「しかし、これは自然界を人間や神の意志から独立したものと説明していて、政治の騒がしさや神々への恐怖から解放されることこそ、理想の境地に行き着くという哲学です。実はこの考え方はのちに『物理学』や『唯物論』の基礎となっていくのですよ」
ソクラテスがスピロをじろりと睨みつけた。未来に自分たちの哲学がどのような発展をするのかを持ち出されて、気分をさらに害したらしい。
「では、わしの哲学は将来どのような形で貢献するのかね」
「そうですね……。ソクラテス様、あなたの哲学は形をかえて継承されています。シンポジウムやフォーラムと呼ばれる研究成果の発表場所で、専門家同士が対等の立場で意見をぶつけ合う『ディスカッション』という形で」
「は、なんと、くだらんことを。シンポなんとかでの、研究成果の発表でじゃとぉ……」
「シンポジウムですわ。これはプラトンさんがこのあと著す『饗宴』という本の題名が語源なんですよ」
あわてててプラトンが横から口を挟んできた。
「ですが、デモクリトスの哲学はだれも支持しておりませんでした。彼の『原子論』は、あまりに夢がなかった。哲学は本来、真実や美を探求するものなのです」
「たしかに、デモクリトスの著作は後世に断片しか残っておりません」
「ほら、やはり未来でも支持されなかったということですよ」
スピロはプラトンを見あげた。そしてすこしでも慈悲がなく聞こえるように、声を押し潰して言い放った。
「いいえ、プラトン様。それはあなたが全部焼いたからです」