第62話 アリストパネスとの対話3
ソクラテスがアリストパネスに問うた。
「たとえば、もういっぽうの片割れがもし、悪だったらどうなのかね?。自分が善であったとしても、その悪を求めてひとつのものになろうとするかね」
「それが正真正銘、自分のうしなわれた半身であれば、そうなりたいと願うだろうね」
「ほう、わたしはそう願わない。もしそれが探し求めていた半身だったとしても、その腕が腐っていたら、迷わず切り落とすと思うがな」
「ではソクラテス。『恋愛』とは、相手が『自分の本来の姿』である片割れだから、恋して惹きあうわけではない、というのだね」
「それは当然じゃろう、アリストパネス。エロスは『恋愛』を司る神とされているが、そもそもエロスは神じゃないからのう」
「なにをおっしゃるのです。『エロス』は、世界のはじまりから存在した偉大な神なのですよ。ガイアやタルタロスとおなじように。それを神ではないなどと……」
「では『欠如』した片割れを探し求める者が『神』かね。もしエロスが『神』であるなら完全に満たされているはずじゃ。欠損しているものは神なのではないのではないかね?」
「ふむう、確かに……。ではソクラテス、『エロス』は人間なのですか?」
「いいや、人間でもない。『エロス』は神と人間を媒介する中間者『神霊なのじゃよ」
「『神霊』?」
エヴァはソクラテスがたびたび口にしていたことばに、思わず反応した。
「あぁ。ソクラテスがいうには、『エロス』は神ではなく、神霊と呼ばれる中間者というべき存在らしい」
「中間者?」
「ソクラテスは巫女から聞いた話として、そう語ったのだよ。『エロス』とは、死すべきものとと不死なるもの、つまり『人間』と『神』のあいだを仲介する『中間者』だと。ソクラテスは若かりし頃から、その神霊からいつも神的な御徴を聞いていたという」
「えぇ。その話は聞きました。ソクラテスさんだけに聞こえるという『お告げ』のようなものだと。マリアさんがそれを聞いて『電波系かよ』とからかっていましたから……」
「電波系……?」
「あ、いえ、ニッポンでは、荒唐無稽な妄想や主張を公言する人のことを、そういう言い方することがあって……。それでエロスが中間者であるというのは、結局どういうことなのです?」
「それがソクラテスの口がたつところだよ。あの男は巫女から教えられた話として『恋愛』とはなにか?』の答えを語ったのだ」
「で、その巫女の答えはどういうものなのです?」
「『恋愛』とは、永遠不滅に近づきたいということだ、ということらしい」
「エロスは『貧困の神』ペニアと富める『術策の神』ポロスとの子供じゃ」
ソクラテスがそこにいる面々に確認するように言った。
「そのためエロスは貧しい運命ゆえに『いつまでも満たされない渇き』を持ち、それと同時に『美や知識を追い求め続けてあらゆる手をつくす力』を持ち続けることになるのじゃ。
神でありながら、そのような『欠如』を運命づけられたエロスは知者である神と、無知である人間の間にいて、常に『神』に憧れ続ける存在なのじゃ。
エロスの追い求める『神』とは、『永遠不滅』であること。
つまり『永遠不滅』に近づきたいということこそ、『恋愛』なのじゃ。
人々は自分の子孫を絶やさないことなどで『永遠不滅』に近づこうとする。その『永遠不滅』を求めて、人間たちは恋をするのじゃ」
アリストパネスは忌々しそうな口調で言った。
「それを仲介するのが中間者である『恋愛』の役割だと、ソクラテスは言うのだよネ」