第60話 アリストパネスとの対話1
命が狙われているので護衛させてもらう旨をつげたとき、驚いたことにアリストパネスはそれに異論を挟むこともなく、自然に受け入れてくれた。
エヴァ・ガードナーはすこし肩透かしをくらった感じがあった。自分の命が狙われていることを滑稽だと嘲笑したり、小娘が大のおとなを守るなど馬鹿馬鹿しいと憤慨されるものだと思っていたからだ。
それを言わなかったのは、もしかしたらゾーイが派手なパフォーマンスをやってくれたおかげなのかもしれない。
相手の懐にはいれたという点ではほっとするところだったが、自分の役目はアリストパネスのこころを揺さぶり、【悪魔の証】を見いだすことで、そちらのほうがむしろ気掛かりだった。
スピロが授けてきた作戦は、アリストパネスをかえって頑なにしそうな気がした。
『彼はプライドの塊のような男だ』とスピロは言った。
それは、おそらく自分が一流の喜劇作家でないことを知っているからこそのプライドなのだろう、という見立てだった。アリストパネスの書いた戯曲は、当時でもあまり評価されたものではない上、とても下品で扇情的であったとも聞かされれば、たしかにそうなのだろうと肯定したくなる。
『当時の喜劇作家の戯曲は、なぜかアリストパネスのものしか現存していないのです。だからこの程度のものですら、古代ギリシア喜劇の代表作とされているだけなのです』
スピロはアリストパネスの作品を、そう一刀両断していた。スピロの見解を鵜呑みにして、先入観をもって接するのはもってのほかとは思ったが、ほかにアプローチ方法も思い浮かばない。
エヴァは仕方なくスピロの言うことに従うことにした。
「アリストパネス様、あなたは喜劇作家だとお聞きしていますが、『愛』についての作品は書かれなかったのですか?」
「エヴァさん。それは悲劇作家によって手垢がつくほど書かれている。わたしはコーモーディア(コメディの語源)を書いているのですよ。世の憂いを笑い飛ばすような作品こそが喜劇ではないですか」
「あら、未来の『コメディ』にはほとんどの場合『愛』が描かれています。ニッポンでは『ラブコメ』と呼ばれる、男女の恋愛のドタバタ劇が、とても人気ですわ」
アリストパネスは鼻白んだ様子で、エヴァをすこし蔑むような目をむけてきた。
「未来はよっぽど、暇で平和な時代とみえるネ。社会風刺や権力者をあげつらうことなく、恋愛だけにうつつをぬかせるとは……」
ここでエヴァはスピロに言われた作戦を、アリストパネスに仕掛けることにした。