第48話 それはトップシークレットですよ
スタディオンを一周しながら、勝利の祝福を受けているタルディスの姿。
観衆から投げ入れられるお祝いの印『フュロボリア』。
土手からなだれ込んでタルディスのからだを触る人々の群れ。リボンを、タルディスのからだに結びつける人々。
歩を進めるタルディスとともに動いていく人々の波。
そして、審判長から頭にリボンを巻かれるタルディス——。
「ウィニング・ランのあと、タルディス様にリボンを結びつけた審判長の可能性はどうでしょう?」
エヴァが考えられる可能性を提案すると、ゾーイがそれに反応した。
「ないとは言えないけどねぇ。悪魔が身を潜めるには、あまりに非力じゃないのかい?」
ゾーイがそう言うと、マリアもそれに同意をよせてきた。
「オレも同感だ。オレの経験で言えば、要引き揚げ者の前世は無名の市井の人間だが、悪魔が宿っているのは、無名ではないヤツだ。まぁ、とは言え、有名な歴史的人物でもねぇがな」
エヴァはすかさずスピロに見解を求めた。
「スピロさんはどう思われます?」
スピロはすこしだけ呆れたような目をエヴァのほうへむけてから言った。
「エヴァ様、あなたこそ、この手の話にお詳しいでしょう。わたくしの口から話させるつもりですか?」
「はぁ、さすが、スピロ様。よくご存知ですこと」
エヴァはスピロに種明かしをされて、降参とばかりに手をあげる仕草をした。
「実はこのことは『コーマ・ディジーズ財団』のほうでの分析済みなのです。その分析によれば、悪魔がこの精神世界で宿る相手は、悪魔の力の強さに反比例するらしいのです。
つまり、力のある階級の高い悪魔は、どんなに無名の人にも入り込むことが可能なのですが、力のない低級の悪魔は、逆に高名な人物のなかでなければ、『自我』を維持できないようなのです」
「おい、おい、そいつは初耳だぜ。相当重要なことをかくしてやがったな、エヴァ」
マリアが恨みがましい口調でエヴァを詰めてきたが、スピロがそれを一喝した。
「マリア様。この報告書はちゃんと各『サイコ・ダイバーズ』支部にも通達されておりますよ。ちゃんとお読みになりましたか?」
「はぁ、そんなメールもSNSも来てねぇぞ」
「マリア様、トップシークレットですよ。通達は紙ベースで、『読後焼却のこと』と決まっていたはずです」
「んじゃあ、ぜってぇに読んでねぇな。たぶん読まずに焼いた」
エヴァはマリアのわかりすぎるほど予想通りの反応に、すこしため息をついてから続きをはじめた。
「今回の悪魔は、わたしたちがこれだけ神経を尖らせているのに、まったく気配を気取らせません。考えられる可能性は二つです。
感知させない力をもつ上級悪魔が、どこの誰ともしれない人に憑依しているか……
気配を悟られないほど力のない低級悪魔が歴史的人物に憑依しているか……」
「エヴァ様、あなたはどちらだと?。どうやら結論は御持ちのようですが?」
スピロがストレートに訊いてきた。エヴァもまどろっこしいことは嫌いだったので、すぐに答えた。
「後者ですわ」