第46話 エヴァの悔恨
いつのタイミングだろうか——。いつやられたのか——。
エヴァ・ガードナーは、自分自身に腹が立って仕方がなかった。
いつもの自分なら悪魔が巡らせてくる深謀遠慮に備えて、なにかしらの手を打っていたはずだ。それがスピロの活躍にかまけて、すっかり後手後手に回ってしまっていた。
エヴァは自分自身に猛省を促した。
せめて『コーマ・ディジーズ財団』が受け取った代金分の仕事はしなくてはならない。
エヴァは奥の部屋で眠りについたタルディスのほうに一度目をくれてから、円卓を囲んで座っている面々に向き直った。まずセイに質問した。
「セイさん。あなたがタルディスさんに憑依しているとき、誰かが、いえ、なにか異常を感じましたか?。たとえばわたしたち以外でなにかを耳元で囁くようなこと……」
「いや、特には。でももしその時なにかを吹きこまれたとしたら、ボクは気づけたはずだと思う」
「セイさんのおっしゃる通りだよ。あたいがタルディスさんの眠っている意識にたどり着いた時、感じたのは『優勝したい』という単純な思いだったよ。載冠を受けてぇ、なんていう、もって回ったような感情じゃなかった」
ゾーイがその意図を察して、セイの証言をフォローした。
「うん、そうだね。ぼくが憑依しているとき、誰かがもし囁いたとしても、ぼくに語りかけてるのだから、ぼくを通してみんなも気づいたんじゃないかな」
「ってことは、悪魔の囁きはそのあとってことだな」
マリアが先回りして断定してきたので、エヴァはそれを注意した。
「マリアさん、勝手に決めつけないでください。考察に先入観が生じます」
エヴァは少々強い口調でマリアを牽制すると、もう一度セイに尋ねた。
「セイさん。あなたが競った相手のヒッポステネス、あの男はなにか言ってきませんでしたか?」
「うん。彼とは結局、直接組み合うことにならなかったけど、ぼくが言われたのは、たんなる脅しや煽りの類いの捨て台詞だけだったと思う。それに近くで見ている限りじゃあ、悪魔的な力も振舞いも感じられなかった……」
「は、エヴァ。もしあいつが悪魔か悪魔の手先なら競技中に直接手をかけているだろうよ」
マリアがエヴァに言い放った。
「マリアさん、わかっています。その可能性を捨て去るために訊いているのです!」
「お、おう……、そんならいいぜ」
マリアがエヴァの並々ならない気迫がこもった返事に口ごもった。
「では、セイさんの魂が抜け出て、タルディス本人が決勝戦を戦っている最中に、ヒッポステネスから『囁き』があった可能性はない、と仮定します」
エヴァはまず可能性の一部を否定すると、すぐさまスピロのほうへ質問をむけた。
「スピロさん、この仮説で問題ないでしょうか?」
だが、スピロはその質問にはすぐに答えようとしなかった。
「エヴァ様。失礼ですが、それを尋ねてなにをされようと?」
この場を自分が仕切っていることがスピロは気に入らないのだと、エヴァはすぐに感じ取った。今回のダイブではすでに二回のトライアルのアドバンテージがあることもあって、このような作戦はスピロが仕切っていた。それを突然、思い出したようにしゃしゃりでてきたのだ。まぁ抵抗されて当然というものだ。
だが、ここは引くわけにはいかない——。
こちらは、この依頼を、米国政府直々の依頼を、失敗させるという選択肢は持ち合わせていないのだ。