第44話 ジョー・デレクの魂をリリースしやがれ
鬱々とした空気が室内全体に重たくのしかかっていた。
本当なら優勝したタルディスを祝勝会を開いて大騒ぎしていてもおかしくない状況なのに、タルディスを取り囲んだ五人は、誰もが憤り、疑問、混乱などのさまざまな感情を腹に抱えているような表情をしていた。
「皆、ずいぶん怖い顔しているね。もっと嬉しそうにしてくれてるとありがたいんだがね」。
タルディスが肩をすくめながら言った。
「タルディスさん……」
まずはセイが口火を切った。
「あなたの未練はオリンピックで優勝できなかったことのはずだ。今日ペンタスロンで金メダル……、いや優勝の栄冠を手にしたはずなのに、なぜ未練が晴れないんです?」
「そりゃそうだろう。優勝者の証はまだこの『タイニア』だけだからね。ぼくの願いは、『オリーブの冠を頭に戴きたい』だよ。でもそれはまだ果たせてない」
そう言いながら、タルディスは両腕と頭に巻かれた赤いウールのリボンを、これ見よがしに掲げてみせた。
「そんなばかな!。あなたの願いは『優勝したい』だったはずじゃないですか?」
「セイくん、おかしなことを言うね。ぼくは『優勝』の印をまだ受け取ってないのだよ。それを『優勝した』とおなじ意味で捉えるのは無理があると思うがね」
「まるで弁論家か哲学者のような詭弁を」
スピロが苛立ち気味にタルディスにむかって声を荒げた。
「そうかね。でも、すくなくとも、ぼくはまだ『キュドス』を感じとれずにいる」
「なんですの?。その『キュドス』って?」
エヴァが訊くと、スピ口がすばやく説明した。まだ苛立ちまぎれの口調が抜けていない。
「キュドスは、オリンピックで優勝した者だけが、神から授かるとされる力のことです」
「お姉様、そいつはオーラみたいなモンですかねぇ」
ゾーイが空気を読まずに、少々的外れと思えるような喩えをしたが、意外にもスピロはすんなり肯定した。
「そうですね。人類学的にいう『マナ』と同義だと言う学者もいます。実際、オリンピック優勝者が戦場で獅子奮迅の活躍したり、軍司令官や遠征指揮官に転じて勝ち続けたといいます。敵もキュドスの存在を信じていたのなら、それくらいの神通力はあったでしょうね……」
スピロはふたたび厳しい視線をタルディスにむけた。
「ですが、優勝するのと、キュドスを感じるのは、それこそ同義語ではないはずです。どいうことです、タルディス様。先ほどから詭弁ばかりを……」
「ぼくはもう休むよ」
突然、タルディスが話し合いを打ち切ってきた。
「ちょ、ちょっとお待ちください。まだ……」
「ぼくは明日もボクシングの試合がある。すこしでも身体を休めておきたいからね。だってボクはここでも優勝するつもりだから」
「おい、タルディス。てめぇ、無責任だぞ。休むのは勝手だが、優勝して未練がなくなったんだから、ジョー・デレクの魂をリリースしやがれ」
マリアが黙っていられなくなってタルディスにすごんで見せた。