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ぼくらは前世の記憶にダイブして、世界の歴史を書き換える 〜サイコ・ダイバーズ 〜  作者: 多比良栄一
ダイブ4 古代オリンピックの巻 〜 ソクラテス・プラトン 編 〜
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第40話 ゾーイは本物の能力者なのです

 この事態におちいって、エヴァは自分が思いのほかショックを受けていることに気づいた。

 ほかの3人は自分のミスを取り戻そうと、躍起になっていたが、自分にはそういう負い目がないだけましだと、ずっと高を括っていた。だが、セイ自身がどうしても避けたいと言及していた最終決戦の『レスリング(パレ)』にもつれ込んだのは、エヴァにとって誤算とは簡単に言い切れなかった。

 自分が楽観視していたことで、負けてしまったのではないか、という罪悪感が急に胸に押し寄せてきた。


「セイ、こうなったら仕方がねぇ。次のレスリングをどうにかしてもぎ取るしかない」

 マリアが空元気とすぐわかるようなことばで発破をかけた。

「どうすればいい。ぼくはルールを知らない」

「レスリングは基本、現代のものとルールは変わりません……」

 スピロがすぐさま説明を買って出た。もの静かな口調だったが、声が震えていた。今のスタディオン走を落としたことが、スピロにとっても痛恨であったにちがいない——。

 エヴァはあらためて、追い込まれていることを感じた。


「腰か背中、肩のいずれかが地面に触れると一本になり、相手を三回投げると勝ちとなります。古代オリンピックのレスリングは二種類ありますが、五種競技(ペンタスロン)では、下半身へのコンタクトが禁じられた立ち技系のレスリングだけになっています。こちらは相手のウエストから上だけを掴んでいいですが、殴る、蹴る、噛む、やわらかいところを指でえぐることは反則となります」

 ふーっとスピロが嘆息した。

「体重による区別がないので、基本的に大男に有利です。セイ様はこの古代ギリシアではおおきいほうにはいりますが、相手のヒッポステネスはさらにそれよりおおきい。ご注意ください」

 

 最終決戦のレスリング(パレ)は、走り幅跳びとおなじようにスタディオンの一角に作られた砂場(スカンマ)で行われた。

 これで勝負がつくとあって、観衆の一部はすでに土手から降りてきて、砂場(スカンマ)のまわりを取り囲むような位置にまで歩み出ていた。いくぶん窮屈さは緩和されていたが、その分、観衆の渦巻くような熱気は、さらに温度上昇しているように感じられる。


 エヴァはどうしていいのかわからなかった。

 もう応援してなんとかできるレベルでもなければ、セイの抜きんでた運動能力でなんとかなるという競技でもない。

 ただ神に祈るしかない、という気持ちになって、思わず胸の前で十字を切りそうになったが、はたと手をとめた。


 この世界の神は『ゼウス神』——。

 わたしの信仰する神は……まだ、いない——?。


 神にすがることも躊躇(ためら)われて、エヴァがたまらずスピロにむかって声をあげた。

「スピロさん!。このあとどうするつもりなのですか?」

 そう言ってしまってからエヴァは、また自分が他人に責任を押しつけようとしていることに気づいた。スポルスとの一件でなんども自戒したはずなのに……。

 情けない。力がないということは、覚悟が足りない、とは、こういうことなのか……。


「エヴァ様。ご安心ください」

 スピロがしずかな声でエヴァに答えをよこしてきた。


「セイ様は戦わなくてよくなったようです」

 スピロがため息をついた。それは心の底からの安堵を感じさせるもので、エヴァにはスピロがなぜここでそれほどの安寧(あんねい)を取り戻せたのかがわからず混乱した。


 その時、エヴァはセイの目がぱちりと開いたのに気づいた。


「セイさんの目がひらきました」

 おもわず声がひっくり返った。眠っているはずの、いやタルディスのなかに憑依(ひょうい)しているはずのセイの目が開いたというのが、どういう意味かとっさに思いだせない。ただ、おどろきだけの感情が、理性や論理的思考に先行する。

 プラトンの上からマリアの「マジか!」という声が聞こえた。が、スピロはセイのほうへ目もくれようともせず、声だけを丁寧(ていねい)にセイのもとに届けた。

「おかえりなさい。セイ様」

「あぁ。ただいま」

「お疲れさまでした……。そう日本では儀礼的に声をかけるのでしたかしら」

「うん、それでいいよ。でも本当に疲れた……」

 エヴァはそこまでのやりとりを見て、そこにセイの精神が戻ってきていることにやっと気づいた。

「まぁ、セイさん。戻ってこられたのですか?」

「あぁ。エヴァ。自分のからだに戻ってきたよ」

「でも、あそこで試合に臨もうとされていたのではないのですか?」

「もう大丈夫だ。タルディスさんが帰ってきた」

 エヴァはおどろいて、スタディオンのほうへ目をむけた。タルディスはセイの魂が抜けでたにもかかわらず、スカンマ(砂場)の上で屈伸をしていた。

「目を醒ましたんですか?」

「いえ、目を醒まさせたのです、エヴァ様。ゾーイががんばってくれました」

「ゾーイさんが?」

 セイの背後でセイのからだを支えていたゾーイに目をむけた。ゾーイはセイが目覚めたというのに、まだからだを支える姿勢をしたままだった。目を閉じて身動きしないでいる。

 エヴァがその顔を覗き込もうとしたところで、マリアが上から声をかけてきた。

「そうか、ゾーイか。こいつにはなんかすごい力があるとにらんでいたぜ。スピロがあれほど力説していたからな」

「えぇ。ご協力いただき感謝します」

「どういうことなのですか?」

 マリアほど事態を飲み込めていなかったので、エヴァは反射的に質問した。スピロはエヴァとセイ、そしてプラトンの上のマリアを順繰りに見てから口をひらいた。


「なぜ、わたしたちが『サイコ・ダイバーズ』に選ばれたかご存知ですか?」

「それはスピロさんが優秀な能力者だったからだろ?」

 セイの答えにスピロは弱々しく首を横にふった。


「いいえ。残念ながら……、わたくしは『不合格』でした」


「そんな、だってきみはすごい能力で……」

「『能力者』はゾーイのほうなのです。わたくしは双子ということだけで、一緒にダイブすることを許されているだけです」

「いや、でも……」


「ゾーイは、この精神世界にある物体を、手も触れずに動かす『能力』を持っています」

「それはこの間、アリストパネスの一件で見せてもらった。だが、その能力はオレたちでも多少はあるぜ」

「まぁ、羨ましいこと。ですが、ひと一人浮かせるのはどうですか?」

「あぁ、あれは……、確かに……、ン、まぁ、かなりのものだった」

 マリアは歯切れがわるい口調で、しぶしぶ同意したが、エヴァはどうにも納得いかなかった。つい意地になって食い下がった。

「ですが、私たちはまぁ、それなりですが、セイさんはできる……はずです」


 セイは苦笑してエヴァを諭すように言った。

「エヴァ、ぼくを買ってくれるのは嬉しいけど、簡単じゃないよ。ぼくは自分のからだや自分が精神力で産み出したものなら、どんな風にでも操れるけど、こちらの世界に元からある物や人に影響を与えるのはちょっと……」

 遠慮がちのセイの答えに、エヴァはすこし語気をつよめた。

「でも、できますでしょう!」

「まぁ、要引揚者の心残りの強さ次第では……ね」


 スピロはセイの背中に寄りかかったままでいるゾーイのほうへ手を伸ばして、やさしくその肩に手をやりながら言った。

「ですが、ゾーイの力はそれだけではありません。そんなことだけで選ばれるほど、『サイコ・ダイバーズ』がたやすくないのはエヴァ様もマリア様もご存知でしょう」

「まぁ、そうですが……」

 エヴァが遠慮がちに答えた。


「ゾーイが選ばれたのは、この子が、この世界の人の心のなかに入りこめるという、特殊な感応力を持っているからです」

「っうことは、人の精神へダイブした世界の、さらにそこにいる人の精神へダイブできるったいうわけか!」

「えぇ。そうやって精神へアプローチすることで、人のからだやこころを操りやすくするのです」

 そこまで聞いて、エヴァは説明がつかないことがあることに気づいた。

「ちょっと待ってください。でもあのとき、ゾーイさんは未練の力(リグレット)を使えなかったはずです」


「はい、この子は……、ゾーイは『テレパシー』と『テレキネシス』を使える、本物の能力者なのです……」

 スピロは肩にそえた手で自分の妹のからだを、かるく揺すって誇らしげに言った。



「現実世界でもね」


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