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ぼくらは前世の記憶にダイブして、世界の歴史を書き換える 〜サイコ・ダイバーズ 〜  作者: 多比良栄一
ダイブ4 古代オリンピックの巻 〜 ソクラテス・プラトン 編 〜
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第37話 セイ跳躍す

 ヒッポステネスの驚異的な跳躍の余韻(よいん)がなおも続いていた。

 その余波をうけたのか、そのあとに続く選手たちは、どうにもぴりっとしない跳躍を続出していた。

 ふがいない成績にスカンマ(砂場)の砂を蹴飛ばす選手の姿を見ながら、セイはどのように跳べばいいのか、頭のなかでシミュレーションしていた。幅跳びは学校の授業でも跳んだことはあったが、高校生の平均レベルを頭ひとつ抜ける程度の記録しか残せなかった記憶がある。けっして得意な種目ではない。

「セイ様。自信のほどはいかがです?」

 スピロが訊いてきた。

「スピロ。とてもじゃないけど、自信がない」

「最後に立ってさえいればいいのですよ。簡単な話じゃないですか?」

「簡単に言ってくれるね。だいたい、あのたるいリズムに合わせて跳べと言われても……」

「おい、セイ。いまさらそんな頼りねぇこと言ってんのか。ウェルキエルを倒したときの自信をちったあ思い出せや」

「マリア、無茶言うなよ。『未練の力(リグレット)』が使えないぼくは、ただの高校生でしかない。そう言ったのはきみだろう」

「は、それでもなんとかしてくれるのが、ユメミ・セイだろうがぁ」

 マリアはセイを鼓舞しようとして、よくわからない屁理屈をこね繰りまわしてきた。


「アテナイのタルディス」


 セイが審判員にコールされる。

 とたんに競技会の空気が変わった。大会開催前は前回も惨敗した泡沫(ほうまつ)選手でしかなかったのに、その前の競技でヒッポステネスを打ち負かしたことで、一気に注目度があがったからだった。なにかやってくれるという空気が(かも)し出されている。


「タルディス。アテナイのために勝ってくれ!」

「タルディス。負けろぉ。おまえの苦手の跳躍だぁ。跳べっこないぞぉ」

「さっきみたいな奇跡はなんども起きねぇぞぉ」

 是も非もないまぜになった声援が、たちまち湧きあがる。


 そんなセイを勇気づけようとでもするのか、エヴァが声をあげた。

「セイさん、ご武運を。もし私たちにできることがあったらなんでも言ってください」

「そうだ、セイ。遠慮なんかいらねぇ。なんでも言ってくれ」

 マリアまでがそれに安易にかぶせてきて、セイはすこしため息が漏れた。

「エヴァもマリアも気持ちは嬉しいけど、そこからじゃ、手伝いなんて無理だよ」



「いいえ、セイ様。ありますわよ。わたくしたちにもお手伝いできることが」

 スピロのことばはやけに自信に満ちあふれていた。


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「ハルテレは?」

 スタートラインにやってきたセイに、審判が怪訝そうな目をむけた。

「あぁ、あれ?。いりません」

「いらない?」

「えぇ。不要です」

 審判は台の上におかれているセイのハルテレのほうに一瞬目をくれてから言った。

「好きにすればいい。だが、ハルテレなしでは飛べやしないぞ」


 二重笛ディアウロスによる神を讃えるメロディが場内に奏でられはじめられた。

 セイは奏者に目をむけた。

 彼はゆったりとした音色を奏でながら、目でセイにむかって早く跳ぶように促してきた。

 セイは彼ににっこりと笑いかけると、両方の(かいな)を高くあげ、頭上でパンと手拍子を打った。セイの奇妙な行動に奏者が目を丸くする。セイはこれ見よがしに、パンともう一度手拍子を叩いた。

 そしてさらにもう一度。

 と、場内からそのリズムの手拍子が同調してきた。


 マリア、エヴァ、そしてスピロたちだった。

 セイがさらに同調を促すように手拍子を強めると、マリアたちの周囲の人々がその輪に加わりはじめたのがわかった。そこにはプラトン、ソクラテスもいた。おそらくマリアが脅すか、エヴァがなだめすかすか、スピ口が説得したのかもしれない。

 すぐに手拍子の呼応が次第に広がり、片側のスタンドを包みこみはじめた。

 セイが反対側のスタンドにむけてアピールしてみせる。

 すると、すぐさま反対側のスタンドからも手拍子が返されてきた。


 観衆たちは新鮮な体験にいつのまにか魅了されはじめていた。

 見ているだけのオリンピックという大きな祭に、自分たちが選手と一緒に参加しているという感覚が観衆たちの気持ちを高ぶらせていたのもしれない。


 セイはその手拍子のテンポを徐々に速めはじめた。

 興奮に浮かされはじめた観衆たちは、その速まっていくテンポに追随していく。みずからが栄光にみちたオリンピックの神への奉納を担っているのだという思いもあるのだろう。

 彼らはみな、その手拍子をすでに楽しんでいた。


 セイは笛の奏者を睨みつけた。

 可哀想に高名な笛の名手であるはずなのに、彼は周りで打ち鳴らされる、力強く絶対的なリズムに翻弄(ほんろう)されていた。ゆるりとした旋律しか吹いたことのない奏者は、次第に速くなっていくテンポにもてあそばれていた。すでに笛の音が上擦ってきている。もうメロディがどうこう、神へ奉納がどうこう、いうレベルを超えており、演奏を途切れさせないために、息が続くかどうかで必死になっていた。


 あっという間にスタディオンが一体となっていった。

 中央にいる選手たちは全方位から、地響きのように聞こえてくる手拍子に圧倒されていた。すでに跳んだ者も、これから跳ぶものも、この異様な空間に戸惑い、そして胸を高ぶらせてもいた。


「さぁ、今です。セイ様」

 スピロがゴーサインを言い放った。

 セイはぽうんとその場で一度跳ねると、早鐘のように速く叩かれている手拍子のリズムに乗って走り出した。

 打ち出される大音響の手拍子が、セイを背中から力強く後押しする。飛び跳ねるような大きなスライドで踏切板(バーテル)へ突進する。


 直前にスピロに言われたアドバイスが脳裏をよぎる。


 この距離なら短助走になります——。

 七歩……。 

 七歩で飛ぶと決めて下さい。踏切板が近かろうと、遠かろうと、無視して構いません。ファールをしないこと。無理に遠くまで跳ぼうとしないこと。


 セイはスピ口のアドバイス通り、七歩目で地面を踏み切った。


 セイの体躯(たいく)が宙を舞う——。


 そのとたん手拍子がやんだ。一瞬にして静寂があたりをつつむ。

 顔の産毛をなでるやさしいそよ風の音すら、耳にわずらわしく感じるほどの静寂——。

 

 セイは両腕を空中でふりまわして、からだを前に、胸を前に突き出そうとあがく。

 すこしでも先の地面へ——。


 ですが、やりすぎてはダメです。

 スピロが厳命した。

 さいごは体操のフィニッシュのように、足を揃えて着地しなければならないのですから——。


 セイはその瞬間、『跳馬』の選手のフィニッシュを頭に思い描いた。

 あの高さ、あのスピードで、中空に放りだされてなお、ぴたりと足を揃えて着地をきめられる競技があるのだ。

 できないはずはない!


 地面に足が着く瞬間、セイはぐっと脚に力を込めた。

 両手を前にのばして、前のめりになりそうな体のバランスをとる。

 だが跳んだ勢いをとどめきれない。

 上半身がぐらつきそうになる。

 ぐっと腰を落とす。

 堪えろ、耐えろ。


 次の瞬間、セイは両方の腕をVの字につきあげた。

「よっしゃぁぁぁぁぁ」

 声を(たけ)らせて着地の成功をアピールしてみせる。


 うおおおおっという地鳴りのような歓声が、スタディオンを疾風のようにかけめぐる。


「21ブート(約6・7メートル)!」


 審判が記録をコールする観衆たちの興奮の声は爆風のごとき大音声(だいおんじょう)となった。もうスタディオンだけではおさまりきれず、その歓声はオリュンピアの敷地の津々浦々にまで駆け回った。


 打ち鳴らされていた手拍子は、すでに惜しみない拍手に変わっていた。


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