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ぼくらは前世の記憶にダイブして、世界の歴史を書き換える 〜サイコ・ダイバーズ 〜  作者: 多比良栄一
ダイブ4 古代オリンピックの巻 〜 ソクラテス・プラトン 編 〜
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第33話 英雄ヒッポステネス新記録

 アテナイのタルディスの暴投まがいの投擲(とうてき)が、もうすこしで事故をひきおこすところだったことで、観衆たちの憤慨はおさまらなかった。とくに巻き込まれかけた人々は非難や悪口をまだ吐き散らかしていて、競技場は異様な雲囲気に包まれていた。そのおかげでそのあとに順番がまわってきた選手は、その空気に飲まれ総くずれとなった。


 だが、最終試技である五投目をむかえると、観衆たちの雑言はたちまち鳴りを潜めた。

「なんだ?。急に静まりかえったな」

 マリアがあきれかえった様子で言うと、マリアの足元で肩車をしているプラトンが興奮をおさえきれないように上気した顔を上に向けてきた。

「マリアさん。オリンピック記録が目の前で、塗りかえられようとしているのです。おしゃべりごときでこの瞬間をみな台無しにしたくないのです」

「よく言う。哲学者がことばを否定してどうする」

 そうマリアが喧嘩を売ったが、プラトンもソクラテスもそれに答えようともせず、スタディオンの方をじっと見つめていた。

 見事に無視された形になったマリアは、スピロとゾーイにむかって、肩をすくめてみせた。


 今やヒッポステネスのための大会と化しているといっても過言ではなかった。槍投げでも歴代記録に並ぶほどの好成績で勝利し、円盤投げでも尻あがりに調子をあげているのだ期待しないほうがどうかしているだろう。


 五投目を投げる選手たちは、ヒッポステネスの順番を待ち望む四万人の意志に気圧され、みな誰も飛距離がのびなかった。強悪なまでの圧力が、選手たちの手や足、精神までを委縮させていた。

 そのためヒッポステネスの投擲の番が巡ってきた時、誰もが興奮をおさえきれなかった。

ヒッポステネスは手を挙げて、観衆たちを見回すと不適な笑いを浮べた。

「今、ここで今回のオリンピックが誰のためのオリンピックであったかを証明しよう」

 ヒッポステネスがそう観衆にむかって叫ぶと、人々の興奮は絶頂にまで達した。容赦なく日が照りつける暑さと、立ちっぱなしの辛さが相乗して、おかしなテンションになってきている。まだ新記録が出たわけではないし、勝敗が決してもいないのに、これから起きることすべてが、歴史的事実であるかのようだ。

「ヒッポステネス。そうだ、このオリュンピュアード(四年間を一単位とする呼び名)はおまえのものだ」

「すべての栄誉はほしいままだぞ!」

 礼賛のシャワーを満身に受けながら、ヒッポステネスが大きく円盤を顔の高さまでもちあげる。そして体を大きくひねると、瞬時に競技場は静寂に包まれた。

 円盤の縁の指のグリップを確かめながら、体を下方へ沈みこませるヒッポステネス。雄々しく両手を広げると、ぎゅんと回転をしながら満身の力をあますことなく指先につたえ、、これ以上ないタイミングで円盤を空中へ押しだす。

 またも円盤が放たれた瞬間、観衆たちの期待と興奮がほとばしる。まるでその力にあと押しされるかのように、円盤がぐんぐんと飛距離をのばす。そして、誰もが見たことがないような位置の地面の砂をはね上げた。

 だれもが審判員の計測結果を聞かなくても、すぐにわかった。それほどまでに圧倒的飛距離だった。


「65キュービット(二十九・二五メートル)!」

 

 審判員の計測結果が高らかに呼びあげられると、人々のどよめきは聖域全体に轟くほどにまで高まった。誰もが見知らぬ隣人に抱きつき、その歴史的瞬間を共有できた喜びを分かち合った。

 ヒッポステネスが人々に向けて手を突きあげる。まさにその瞬間はどんな英雄にも見劣りしないほどの凛々(りり)しさをまとっていた。

 そこからは円盤を投擲する選手はもういないも同然であった。

 誰もその試技に目をむけていなかった。むしろその場を包む空気感とすれば、よけいな(たわむ)れを行って、この偉業の邪魔をするなとでもいいたげな、アゲインストな雰囲気すらあった。


 その中でセイに最後の試技の順番がやってきた——。

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