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ぼくらは前世の記憶にダイブして、世界の歴史を書き換える 〜サイコ・ダイバーズ 〜  作者: 多比良栄一
ダイブ4 古代オリンピックの巻 〜 ソクラテス・プラトン 編 〜
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第32話 どこ投げてやがる、タルディス

 セイの三投目が事故になりそうになったことで、観衆たちの間で少々の動揺が走ったが、ヒッポステネスの四投目が一瞬にして、そのことを遥か過去のものにした。


「61キュービット(二十七・五メートル)」

 オリンピック記録にあと、たった一キュービットに迫る大投擲(だいとうてき)だった。それだけ充分、このオリンピックを観戦しにきたかいがあるほどだったが、今、この場にいる観客にはそれでは不十分だった。

 次の一投では、かならずや新記録をつくって、歴史的瞬間を垣間見せてくれるはずだ、という、おそろしく確信めいた期待が競技場を包み込んでいた。

 だが、四万もの逸る思いは鈍重な空気となって、ほかの選手たちを苦しめていた。その見えない圧力は、期待されていない時以上に選手たちを萎縮させた。コーチ専用コーナーから各々のコーチが選手に発破をかけたが、どんな励ましも耳朶(じだ)に触れることもないほど、選手たちは自失させていた。

 

 セイの四投目の試技が巡ってきた。

 今度はマリアが耳元でかなりたててきた。

「おい、あと二投しかないぞ。これ以上、変なとこ投げて、オレたちに恥かかせんな」

 思わず顔をしかめたくなるほどの大声。その声はセイの耳だけでなく、スタディオンにぎゅう詰めされたおおくの観衆にも聞き取れるほどだった。

 その励しを耳にした観衆たちが、それが呼び水とばかりに盛んに(あお)りたて、タルディスを揶揄(やゆ)しはじめた。

「タルディス。かわいいおチビちゃんから熱い声援がとんでるぞ。がんばれぇ」

 とたんに笑い声がはじける。

 が、それと同時にセイの左耳にマリアの怒声が聞こえてきた。

「今、どこのどいつだ。オレをお子ちゃま呼ばわりしたのわぁ。叩き斬ってやる」

「マリアさん、我慢してください。オリンピックが中止になってしまいますよ」

 続けてエヴァのマリアをなだめる声が右耳から漏れ聞こえる。

「マリアさん、ぶっそうなことはやめて下さい。オリンピック期間中は、いかなる紛争も禁止なのですよ」

 重ねるようにプラトンが肩の上で暴れているマリアを説得しようとする。


 セイはゆっくり顔をあげると、自分の正面の目線の先にある建物の天井を見つめた。

 ゼウスの神殿——。

 あれを目印に回転する。先ほどは砂地に投げようと意識するあまり、足をとられて結果的に真反対に投げてしまった。

 セイはその神殿をじっと見つめると、おおきく腕をひろげて円盤を投げた。

 円盤は角度をつけて上にあがった。先ほどと異なり、理想的な角度だった。


 だがまたしても方向がずれた。円盤は斜め左側の観客席、しかもマリアやエヴァたちが観戦している方向へ飛んでいた。

 あぶないぞ!

 大声とともに、悲鳴があがり、人々がその場から逃げようとする。が、密集した人垣からそう簡単に逃れられるわけもなく、人々に押され、みんなドミノ倒しのように倒れていく。さらに倒れた人に蹴躓(けつまず)いて、さらに累々と重なっていく。

 そのとき一つ頭が抜きんでて見えたマリアのシルエットがふっと消えた。

 その騒動のあおりをくらったプラトンが、たまらずその場に尻もちをついていた。受け身もとれずに倒れたその尻の下にはソクラテスが巻き添えになっていた。

 だが悲鳴や喧騒はすぐにやんだ。

 セイの投げた円盤は逃げまどう観衆の上を飛び越えていったからだ。円盤は立ち木にぶつかって、そのままストンと地面に落ちた。木によじ登って観戦していた何人かがそれを避けようとして滑り落ち、木の下でのほほんと涼を取っていた者はあわてて飛び退いた。


「おい、ふざけんな。どこ投げてやがる、タルディス」

「観衆にケガさせる競技じゃねぇぞ」

 ありとあらゆる悪口雑言が一勢にセイに浴びせられた。

 だが、それに巻き込まれずにすんだ反対側の斜面に陣取っていた観衆たちは、向かい側の観客たちのあたふたした姿に大爆笑だった。

「あはははは。タルディス。大会中は戦争は中止だぞ。おまえがしかけてどうする」

「うわははは。当てるなら金持ち連中をやってくれよな」

「どうせ当てるんならスパルタの連中に当ててくれ。アテナイのおまえたちは、『ペロポネソス戦争』でヤツラに負けた恨みがあるだろう」


 非難の声はマリアやエヴァの周りでも、口々にあがった。

「タルディスのヤツ。キテレツな投げ方ばっかりしやがって」

「あぁ、ヒッポステネスに勝てっこねぇんだ。あきらめろって話だ」

 マリアはそれらの声を無視して、たちあがったプラトンの肩の上から、エヴァとソクラテスのほうを見た。ふたりとも倒れて汚れてはいたが、怪我はないようだった。


 ふと、誰かが呟いた。

「でも……おれたちの上を飛び越えていったんだよな」

「あぁ、そうとも。一歩間違えれば、大惨事だったぜ」


「あぁ……」

 その男はセイの投げた円盤がぶつかった立ち木のほうに目をやってから言った。


「だがな、今の一投……。70キュービット(三十一・五メートル)、超えていたんじゃないか……」


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