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ぼくらは前世の記憶にダイブして、世界の歴史を書き換える 〜サイコ・ダイバーズ 〜  作者: 多比良栄一
ダイブ4 古代オリンピックの巻 〜 ソクラテス・プラトン 編 〜
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第30話 そう言われても、ぼくはただの高校生だからね

 すべての選手が、第一投目を終えた時点で、一番遠くまで飛ばしたのはヒッポステネスだった。

 その距離は50キュービット(約二十三メートル)だった。が、二投目の試技がはじまり、ヒッポステネスが自己記録を超える59キュービット(約二十六・五メートル)を叩きだすと、観客の興奮は沸点に達した。

「これはファイロスのオリンピック記録の62キュービット(二十八メートル)を超える可能性があるぞ」

「ペルシア戦争の英雄の記録を80年ぶりに塗りかえるとしたら大変なことだ」

 人々は歴史的瞬間の可能性への期待を口にし、気もそぞろになりはじめていた。もうほかの選手はまるで眼中にないかのようだった。

 その最中(さなか)に、セイに投擲(とうてき)の順番がやってきた。


 セイは精神を統一するため黙想した。今度は邪魔をしないようにという配慮なのか、マリアが耳元で叫んでくるということはなかった。

 まだざわめきが残るアゲインストな雰囲気の中で、セイが二投目を投じた。

 今度は指がしっかりとかかり、すっぽぬけることなく円盤は前に飛んだ。が、圧倒的に距離が足りなかった。

『30キュービット(約13・5メートル)!』

 審判員が距離を大声で宣告すると、さきほどの興奮が冷めやらぬ観衆からは失笑が漏れた。先ほどまでと違って、野次を飛ばすまででもない、といった冷ややかな反応だった。。

「おい!、セイ。なんだ、今の一投わぁぁぁ」

 耳元でマリアの怒声が炸裂した。

「マリア、そう言われても、ぼくはただの高校生だからね」

「だぁかぁら、2400年も歳喰った老いぼれどもに負けてんじゃねぇ」

 マリアの声には悔しさがにじんでいるように感じられた。セイはそれは自分が女だからオリンピックには出場できないという苛立ちもあるのだろう、と察した。

 ただもし出られたとしても結果は変わらない。


 あと三投か……。こうなったら一か八かでチャレンジするしかないな……


 二投目を終えて、ほかの選手はみな一投目を超えてきていた。セイ以外の全員が二十メートル超という好成績だ。だが、三投目の試技がはじまると、観客はほかの選手には目もくれず、ただただヒッポステネスの順番を心待ちにしていた。円盤を投げている選手よりも、ウォーミングアップをしているヒッポステネスのほうに集まる視線のほうがあきらかに多かった。控え場所でおこなっているストレッチ、屈伸運動、笛のリズムに体をなじませるように体を揺らすようなしぐさ。それら一挙手一投足に目が注がれていた。


「あの男、まるで古代の言い伝えにあるヘレスポントス海狭に現われた幽霊のようだ」

 ソクラテスがうわ言でも言っているような口調で言った。

「なんだそれは?」

 マリアが聞くと、ソクラテスの代わりにプラトンが答えた。

「ヘレスポントス(ボスポラス)海狭に夜な夜な現れた幽霊の話ですよ。その幽霊はオリュンピアで使われているものよりも二倍も重い円盤を100キュービット(約四十五メートル)も離れた対岸に投げたという言い伝えがありましてね」

「ソクラテス!。また神話かぁぁぁ」


 ヒッポステネスの三投目の試技のため投擲場(バルビス)に足を踏み入れると、期待を抑えきれない観衆たちから声が飛んだ。だが、ヒッポステネスがひとたび、円盤を手にするやいなや、観衆は水を打ったように静まりかえった。競技場全体が無言の応援でいっぱいに膨れあがる。

 ヒッポステネスは優雅ささえ感じる豪快な動きで身体を(ひね)ると、驚くほどのスピードで円盤を放り投げた。円盤が手からはなれた瞬間、観衆たちの歓声が、まるで太鼓を一斉に打ち鳴らしたほどの轟音となって、スタディオンにふりそそいできた。

 審判が円盤の落下点に走り寄って、ペグを打ち込むと声高にコールした。

「60キュービット(二十七メートル)」

 驚きと落胆がないまぜになった声が、ため息となって観衆の口々から漏れ出した。あともう少しで歴史が書き変わる瞬間に立ちあえたのに、という思いがそこにふくまれていた。


「まぁ、すごいこと。このままだとオリンピック新記録がでてしまいそうですよ」



「おい、エヴァ。そんなこと言ってセイにプレッシャーをかけンじゃねぇ」


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