第28話 第二競技 円盤投げ(ディスコス)開始!
こうなることはある程度、見越しておくべきことではなかったか……。
スピロは心の中で猛省していた。
まさか生身の高校生をオリンピックに駆り出すような事態になるとは想像はしていなかったとはいえ、それまで二度の失敗を生かせなかったのも事実だった。
ユメミ・セイという日本の高校生がどれほどの身体能力があるかは未知数だったが、オリンピックの場で優勝をしなければならない、というのは生半なことではない。
スピロはこんなときとこそ、ゾーイの力を使うしかないと腹をくくった。
「マリア様、エヴァ様。お話があります」
「なんだ?。セイを勝たせるためなら、なんでも話に乗るぜ」
マリアはすぐに返事をしてきたが、エヴァは無言のままスピロのほうに目をむけてきた。
「今からゾーイに仕事をしてもらいます。そのためしばらくの間、ゾーイは無反応になります。とても集中力を要することですので、ゾーイに話しかけないようにしてください」
マリアはうさん臭げな目を、エヴァは猜疑の目をむけてきた。スピロが仕方なく口をひらきかけたが、セイのからだのうしろからゾーイが声をだした。
「マリアさん、エヴァさん。すまねぇが、お姉さまの言うことを聞いてくれないかねぇ。詳しい話はあとできっちりとさせてもらうからさぁ。ここはあたしの顔に免じて、どうか頼むよ」
「なにを言ってる?、ゾーイ。タルディスが気絶して、オレたちはスーパーパワーが使えねぇんだ。そんなおまえがなにができる」
「できるのです!」
スピロは力強く言い放った。いや声を荒げたと言っていいだろう。それに驚いたのか、ソクラテスとプラトンがこちらに目をむけてきた。せっかく思索のほうに没頭させていたのに、と思うと、自分の短気に腹が立つ。
「ゾーイはそのような力なしにできることがあるのです……」
「ゾーイ。セイの手助けになるんだよな?」
マリアが自分のうしろにいるゾーイのほうにからだをひねって訊いた。
「自信はねぇ。だけど、お姉さまは、あたいしかできないと指名してくれてんだよ。なんとか協力してくれないかね」
「問題ありませんわ。なにをされるかわかりませんが、存分に力をふるってください」
エヴァが屈託のない口調で、あっけらかんと賛成してきた。
スピロは少々、拍子抜けする思いだったが、すこしでも急ぐ必要があったので、ゾーイに命じた。
「ゾーイ、頼みましたよ」
「はい、お姉さま」
ゾーイがちいさくそう言うと、そのまま押し黙った。
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次の種目円盤投げのため、選手たちはスタディオンの東端にある短距離走のスタートライン近くのバルビスと呼ばれる投擲場へ移動させられた。バルビスは三本のラインで左右とうしろを囲まれた方形の台座で、一平方メートルあるかないかという狭い場所だった。
選手たちが整列すると、審判団の合図で競技用具が運び込まれてきた。オリンピュアの聖域内に建設された聖廟に、ギリシアの各都市から奉納されたものだ。
左耳のほうから、スピロが声をかけてきた。
『セイ様。この競技の情報を申しあげます。この円盤投げはそこのバルビスと呼ばれる投擲台の上から円盤を投げる競技です。そこは狭いですが自由な歩数で投げていいようです。ただ笛の音色に乗ってリズムよく投げてください。。試技は槍投げとおなじ五回です』
「この円盤投げという競技は、英雄アキレスによって創められたといわれておる」
ソクラテスがふいにプラトンの肩の上のマリアにむかって言った。
「ホメロスの『イリアス』では、英雄アキレスが鉄を鋳造した魂を人々に投げさせ、もっとも遠くへ投げた者にその魂を与えたとあるのだ」
「けっ、また神話かよ。ところで、こんだけ観客が近いと円盤が飛込んできそうなんだが大丈夫なのか?」
「あぁ、過去に事故が起きたことがある。昔ゼウスの息子アポロンが寵愛する美少年ヒュアキントスと円盤投げを行っていた時にな。ヒュアキントスに横恋慕していた西風の神ゼピュロスが意地悪な風を起こしたせいで、アポロンの投げた円盤がヒュアキントスの頭を直撃したのだ」
「おいおい、そっちも神話かよ。つっこみどころ満載だな。古代オリンピックったぁ」
すると、ソクラテスを捕捉するようにエヴァが口を開いた。
「ソクラテス様、その話、存じていますわ。そのあと、ヒュアキントスの血を吸った地面から一輪の花が生えてきて『ヒアシンス』と名付けられたのですよね」
「おぉ、エヴァどの、よくご存知ですな」
エヴァは頭上のマリアをちらりと見て、すこしだけ上から目線の笑みをむけた。
「『乙女』でしたら知ってて当然です。ヒアシンスの花言葉が『悲しみを超えた愛』ってこともね」