第27話 セイ、オリンピック参戦!!!
観衆がわーっとおおきく沸き立った。
第一種目の槍投げが終了し、次の種目の円盤投げに移ろうとした矢先に、タルディスがなにごともなかったように戻ってきたのだ。盛り上がらないはずがない。リタイア確実だとすっかり落胆していたアテナイの市民たちはもちろん、ヒッポステネスと互角の飛距離をだしたタルディスとの勝負が続くことを、みな素直に喜んでいた。
万雷の拍手と声援がセイにむけられる。
何万もの歓声が自分だけに向けられているという状況はセイにとってもはじめてだった。自分が別の人物のからだを借りていることも忘れて心が踊った。
いくぶん顔が上気しているのを感じながら、競技場のなかから観客席のほうを見回した。
四方からトラック内にこぼれ落ちてきそうなほど、ひしめき合っている異常な状態があらためて見て取れた。自分たちの知っているスタジアムは、かなり勾配のある椅子が整然と並んでいるが、それでも満員ともなると人が波のようにうねる。
だが、このスタディオンがもつ圧力はそんなものではなかった。
ただの200メートルの長さの空き地を取り囲むちょっとした土手。そこにスタジアムとおなじ4万人もの人が詰め込まれているのだ。それは『波』のような動きもない、ただの『壁』にしか見えない。
セイは観客たちにむかって手をふってみせた。一層おおきな歓声があがった。セイは手を振りながら、指先や足先まで自在に動かせるか確認してみた。憑依したタルディスのからだは、驚くほどスムーズに動いてくれた。
よし、問題ない——。
「勝てっこない!」
あのあと、マリアは言った。
「相手は、オリンピックの選手だ。ただの高校生が、素のまま太刀打ちできるはずがねぇ」
「マリアさんの言う通りです。セイさん。競技によっては、殺されてしまうかもしれません」
エヴァも心配げな目をむけた。
「やってみるよ。円盤投げは一度、陸上部の体験入部でちょこっとだけ齧ったことがあるし、幅跳びは体育の授業でやったし……」
「ちょこっとって……。セイさん、オリンピックですよ。見よう見まねでできるとは……」
「バカか!、セイ。最後のレスリングはどうするつもりだ?」
エヴァもセイも否定的な意見を矢継ぎ早にがなりたててきた。が、スピロだけは真剣な目でセイを見つめてきた。
「セイ様。今はこの方法しか思いつきません。だからお願いします」
「スピロ、おまえ、無茶を言う……」
マリアがスピロに抗議したが、スピロは声を強めてマリアのことばを制した。
「無茶をやってもらわねば困るのです!」
「セイはてめぇの尻拭い係りじゃねぇぞ!」
「あなたの尻拭い係でもないはずです」
スピロがからだを前に乗り出して、睨みつけてくるマリアに鋭い視線をくれた。
「あなたもタルディス様をお守りできなかったんです。責任を感じなさい」
その言い草にマリアがぶち切れた。
「てめぇ、やっぱりそういう気持ちでいたか!」
マリアがからだをさらに前に乗り出して、スピロに掴みかかろうとした。その体重移動のせいで、肩車をしているプラトンの頭がひっぱられる。
「ちょ、ちょっとマリアさん……」
からだが前傾姿勢になったプラトンがバランスをとろうとしてふらつく。それに気づいてソクラテスがプラトンのからだに手をやって支えようとしたが、支えきれずにふたりともその場に倒れ込んでしまった。ぎゅう詰めのなか倒れたので、巻き込まれたあたりの観衆たちが、プラトンたちの下敷きになった。
「かーっ、プラトン。幼子のひとりも抱えきれねぇのかよ」
タルディスが、マリアたちのいるほうをちらりと見た。
そこにセイの身体があった——。
眠るように目を閉じたままだったが、依然その場に立っていた。セイのからだは、左側からスピロが、右側からエヴァが支え、背中側からゾーイが手で押して支えてくれていた。頬っぺたがくっつくほど人が密集していることが幸いして、意識がない抜け殻の状態でもセイのからだは立っていられた。
『セイさん、聞こえますか?』
ふいにセイの右耳の近くでエヴァが囁く声が聞こえた。中身が抜けでたセイのからだの耳元で耳打ちした声が、タルディスに憑依したセイにも聞こえている。
「あぁ、聞こえる」
セイは呟くように言った。
『よかった。こちらでもセイさんの声が聞こえます』
どうやら、セイの抜け殻のからだはトランシーバーのような役割ができるようだった。
ふいに左耳のほうから、マリアが大声でまくしたててきた。
「セイ、もうオレはうだうだ言わねぇ。ただ現代の人類代表として……」
「たかが2400歳、年喰ってるだけのやつらに負けないでくれ!」
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